第82話:Globalなランチボックス
インターナショナルスクールに通い始めて一ヶ月。
ついに、恐れていた日がやってきた。
**「お弁当の日(Lunch Box Day)」**だ。
私は朝四時に起床した。
日本の母として、そして栄養管理士として、ここで舐められるわけにはいかない。
私のプライドをかけた「最強のキャラ弁」を作るのだ。
「……まずは土台。白米ではなく、血糖値上昇を抑える発芽玄米を使用」
「着色は天然色素のみ。ピンクはビーツ、黄色はターメリック、緑はほうれん草……」
私はピンセットを駆使し、玄米でおにぎりを作り、海苔で目を入れた。
テーマは**『森のくまさん〜PFCバランス完全調整ver.〜』**だ。
おかずは、鶏むね肉の塩麹焼き、ブロッコリーの胡麻和え、卵焼き(砂糖不使用・アガベシロップ使用)。
「完璧だわ……」
三時間かけて完成した弁当は、芸術品のように輝いていた。
これなら、他の国の保護者たちも「オー・マイ・ゴッド! ジャパニーズ・クオリティ!」と驚愕するに違いない。
――数時間後。
私はボランティアとしてランチタイムの補助に入り、そして言葉を失った。
クラスメイトのボブ(仮名)のお弁当箱から出てきたのは、**「生のニンジン二本」と「ジップロックに入ったクラッカー」だけだった。
隣のアリス(仮名)は、タッパーにぶち込まれた「味付けなしのパスタ」を豪快に手づかみで食べている。
極めつけは、「リンゴ丸かじり」**だ。
(……嘘でしょ? 栄養バランスは? 彩りは? 食育は!?)
私の脳内栄養学がエラーを起こす中、先生(アメリカ人)が私の弁当を見て目を丸くした。
「Wow! Mirei! This is... ART! But... isn't it too much work?(ワオ! 美玲! これは芸術だ! でも……働きすぎじゃない?)」
称賛よりも、「なぜたかがランチにそこまで?」という純粋な疑問を向けられたのだ。
エマを見ると、複雑な顔をしていた。
周りの子がラフに食べている中で、自分だけ崩すのがもったいない芸術品を食べるのは、逆にプレッシャーだったのかもしれない。
その夜。
空っぽのお弁当箱を持って帰ったエマは言った。
「ママ、おいしかった! でもね、あしたは『サンドイッチ』がいいな。パンとチーズだけのやつ!」
私は肩の力が抜けた。
完璧じゃなくていい。ここはグローバルな世界。
翌日、私が持たせた「全粒粉パンとチーズだけのサンドイッチ」を、エマは誰よりも嬉しそうに食べていたという。




