第80話:説明会の違和感
週末。私たちは「聖・マリアンナ幼稚園」の説明会に参加した。
そこは、異様な空間だった。
会場を埋め尽くすのは、量産型のように同じ紺色のスーツを着た両親たち。
そして、三歳児とは思えないほど静かに座っている子供たち。
走り回る子は一人もいない。親の顔色を伺い、ロボットのように背筋を伸ばしている。
(……何、このコルチゾール(ストレスホルモン)濃度が高そうな空間は)
私の野生の勘が警報を鳴らした。
園長先生が登場し、高らかに理念を語り始めた。
「当園では、規律と忍耐を重んじます。お行儀よく、皆と同じことができる。それが立派な大人の第一歩です」
皆と同じ。忍耐。
蓮が隣で小さく貧乏ゆすりを始めた。彼も違和感を感じているのだ。
事件は、体験保育の時間に起きた。
おやつの時間。配られたのは、可愛らしいクッキーだった。
一人の男の子が、クッキーを一口食べ、食べこぼしを落としてしまった。
「ああっ! ダメでしょう!」
母親がヒステリックに小声で叫び、子供の手を叩いた。
「先生が見てるでしょ! 汚い食べ方しないの!」
子供が泣き出しそうになるのを、必死で我慢している。
その光景を見て、私は無意識に立ち上がりそうになった。
三歳児が食べこぼすのは、指先の巧緻性が未発達だから当たり前だ。それを叱責して萎縮させるなんて、自己肯定感を下げる愚行だ。
さらに、私は見てしまった。
配られたクッキーの成分表を(職業病でついチェックしてしまったのだ)。
ショートニング、着色料(赤色102号)、膨張剤……
(……規律を求めるくせに、与えるのは脳に悪い添加物まみれの餌?)
矛盾している。
ここでは「子供の健康や個性」よりも、「大人の都合(管理しやすさ)」が優先されている。
「……蓮」
「……ああ、帰ろう美玲」
蓮も同じ顔をしていた。
私たちは説明会の途中だったが、静かに席を立った。
後ろ指を指されようが構わない。ここは、私たちがエマを預けるべき場所じゃない。




