第76話:エマの初恋?
ある日の夕食時。
二歳半になったエマが、ブロッコリーをフォークで刺しながら、爆弾発言を投下した。
「エマねー、ソウタくん、しゅき(好き)!」
カチャン。
蓮の手から箸が滑り落ち、テーブルに乾いた音を立てた。
「……え? 今、なんて言ったの? エマちゃん」
「ソウタくん、しゅき! いっしょに、あそぶの!」
蓮の顔色が、システム障害発生時よりも蒼白になった。
ソウタくん。保育園の同じクラスの男の子だ。
「……美玲。ソウタくんとは、どこの馬の骨だ?」
「落ち着いて、蓮。まだ二歳児の『好き』よ。お友達として好きって意味に決まってるでしょ」
私は冷静に返したが、蓮の目は笑っていなかった。彼はスマホを取り出し、保育園のクラス名簿(連絡網)を検索し始めた。
「敵を知るにはまずデータからだ。ソウタ……田中ソウタ。四月生まれか。エマより月齢が上だな。マウントを取られていないか心配だ」
「やめなさい。ストーカーみたいよ」
「美玲、笑い事じゃないぞ。男というのは、三歳だろうが三十歳だろうが狼なんだ。エマの手を握ったり、あまつさえ頬にキスしたりしている可能性が……!」
蓮は頭を抱えた。
翌日の朝、保育園の送迎時。蓮は「偵察任務」を遂行した。
玄関で、エマが男の子に駆け寄る。
「あ! ソウタくん!」
「エマちゃん!」
二人はキャッキャと笑い合い、手を繋いで教室へ入っていった。
その光景を見た蓮は、サングラスの奥で涙を流していた。
「……美玲。負けたよ」
「何が?」
「あいつ……ソウタくん。エマが転びそうになった時、とっさに手を差し伸べていた。あの年齢でレディファーストを身につけているとは……かなりのハイスペック男子だ」
蓮は敗北を認め、肩を落とした。
でも、その日の夜。
「でも、パパのほうがもーっとしゅき!」とエマに抱きつかれ、蓮は一瞬で陥落した。
チョロい。世界一チョロい父親だ。




