第74話:第二子、どうする問題
エマがようやく寝静まった深夜。
私たちはダイニングテーブルで、重苦しい空気に包まれていた。
テーブルの上には、ノートPCと電卓。
テーマは**「第二子計画」**について。
「……周りからはよく聞かれるわよね。『二人目は?』って」
私が口火を切った。
「エマのためにも、きょうだいがいた方が社会性が育つかもしれない。賑やかで楽しいかもしれない。でも……」
蓮が画面のExcelシートを示した。
タイトルは**『一ノ瀬家・長期ファイナンシャルプラン(シミュレーション)』**。
「現状の世帯年収と、都内の教育費(中学受験想定)を算出してみた。子供一人にかかる養育費は、大学卒業までで約三〇〇〇万円〜」
「……リアルな数字ね」
「二人目をもうけた場合、僕たちの老後資金の積立ペースを二〇%落とす必要がある。さらに、美玲のキャリアの再中断リスク。つわりの期間、産後のダメージ。今のワンオペ綱渡り状態で、もう一度あの『地獄』を繰り返せるか?」
蓮の分析は冷静だった。
そして何より、私自身の本音がそこにあった。
「……正直、怖い」
私は正直に吐露した。
「エマ一人の育児で、こんなにボロボロなのよ。もう一人増えたら、私、キャパオーバーで壊れちゃうかも。エマにも十分な愛情を注げなくなるかもしれない」
蓮は頷き、私の手を握った。
「僕も同感だ。僕は、美玲にこれ以上無理をしてほしくない。君が笑顔でいてくれることが、家庭にとって最大のリスクヘッジだからね」
私たちは顔を見合わせた。
「きょうだいは?」という世間の無邪気なプレッシャーはある。
でも、私たちのキャパシティ(容量)は私たちが一番よく知っている。
「結論。……現状維持、ということでいい?」
「異議なし。今はエマという最強の遺伝子を、最高純度で磨き上げることに集中しよう」
私たちはPCを閉じた。
「産まない」という選択もまた、一つの責任ある愛情の形だ。
少しだけ肩の荷が下りた気がして、私たちは久しぶりに夫婦でゆっくりとワインを開けた。




