第73話:イヤイヤ期の到来(第一次反抗期)
エマ、二歳。
あんなに天使だった我が子は、破壊神へと進化を遂げた。
通称、「イヤイヤ期」。
朝の食卓にて。
「エマちゃん、バナナだよ〜。皮むいてあげるね」
蓮がバナナの皮をむき、半分に折って手渡した。
その瞬間。
エマの表情が絶望に染まった。
「あぁぁぁぁぁ!! オレタァァァ!!(折れた)」
「えっ? うん、食べやすいように折ったんだよ?」
「イヤァァァ! ナオシテェェェ!!」
エマは床に転がり、バナナの残骸を指差して泣き叫んだ。
この世の終わりのような悲嘆ぶりだ。
「……蓮、どうするのよ。修復不可能よ」
「ま、待って。物理的には同じ質量だ」
蓮は必死に説得を試みる。
「エマ、見てごらん。折れても味は変わらないよ? 成分分析しても同じグルコースとフルクトースだよ?」
「イヤァァァ! モトニモドシテェェェ!!」
論理が通じない。
私はため息をつき、新しいバナナを一本、皮付きのまま差し出した。
「はい、新しいの」
「……イヤッ! サッキノガ、イイ!!」
理不尽。
着替えも「イヤ」、お風呂も「イヤ」、寝るのも「イヤ」。
全てにおいて拒否権を行使してくる。
ある夜、疲れ果てた私は、床で暴れるエマ(パジャマ拒否中)を見下ろして呟いた。
「……これは、自我の芽生えね。前頭葉が発達している証拠。彼女は今、自分と世界との境界線を確認しているのよ」
「そうだね、成長の証だね……」
蓮が遠い目で同意する。
でも、成長だとわかっていても、毎日一〇〇回「イヤ」と言われ続けると、こちらのメンタルが削れていく。
「パパ、キライ! アッチイッテ!」
エマの一撃が蓮に刺さる。
蓮はショックで膝から崩れ落ちた。
「……美玲、交代してくれ。僕のHPはもうゼロだ」
「甘えるな。私のHPなんてマイナスよ」
私たちはゾンビのような顔でハイタッチし、交代で暴君のご機嫌取りに向かった。
最強の遺伝子は、自己主張も最強だったのだ。




