第72話:一ノ瀬の「パパ友」作り
一方、蓮もまた、保育園での戦いに挑んでいた。
朝の送迎は蓮の担当だ。
保育園の玄関。
ママ同士は「あ、〇〇ちゃんママ〜! 昨日はどうも〜」と華やかに情報交換をしている。
しかし、パパたちは違う。
互いに目も合わせず、黙々と子供の靴を履かせ、逃げるように去っていく。
**「パパ見知り」**の世界だ。
(……これではいけない。情報戦において不利になる)
蓮はエンジニアの血が騒いだ。
孤立はリスクだ。感染症の流行状況、行事の裏情報、そして「妻の機嫌の取り方」を共有できる同盟が必要だ。
ある朝、蓮は隣で子供の準備に手こずっているパパに、意を決して話しかけた。
ただし、天気の話などはしない。男が食いつくのは「スペック」の話だ。
「……その抱っこ紐、エルゴのオムニブリーズですよね? 通気性どうですか?」
相手のパパが、ハッと顔を上げた。
「あ、はい! メッシュ素材なんで夏場はいいんですけど、腰のバックルがちょっと……」
「わかります。腰への荷重分散なら、ベビービョルンの方が設計が優秀かもしれませんね」
「やっぱり! 僕もカタログスペック見て迷ったんですよ!」
氷が解けた。
そこからは早かった。
「ベビーカーの走行性」「電動自転車のバッテリー容量」「週末のワンオペ攻略法」。
共通言語(ガジェットと効率化)を見つけたパパたちは、水を得た魚のように語り合った。
数週間後。
蓮はLINEグループ**「〇〇保育園・パパ防衛軍」**の管理者になっていた。
『業務連絡:うさぎ組でアデノウイルス発生。潜伏期間は五日。各自警戒せよ』
『質問:妻が「美容院に行きたい」と言い出しました。日曜の完全ワンオペ、最適解求む』
『回答:午前中にデパートの屋上で疲れさせて昼寝させるプランBを推奨。帰りに妻へのスイーツ(コンビニ不可)を忘れるな』
帰宅した蓮は、得意げに私に言った。
「美玲、来月の運動会、場所取りの最適ルート情報を入手したよ」
「すごいじゃない。誰から?」
「パパ友ネットワークから。……男の井戸端会議も、悪くないもんだよ」
頼もしい。
いつの間にか、夫は家庭内だけでなく、地域社会にも根を張り始めていた。
パパたちの静かなる連帯が、私たちの育児を支えてくれている。
(続く)




