第68話:離乳食・ブレンダーの乱
生後六ヶ月。
新たなダンジョン**「離乳食」**が解放された。
私は気合を入れていた。
エマの最初の食事だ。添加物なんて言語道断。すべて手作りのオーガニックでいく。
蓮に頼んで、最高スペックのハンドブレンダーも購入した。
初日。「一〇倍がゆ」。
米からコトコト煮込み、ブレンダーで滑らかなペースト状にする。
裏ごしして、繊維を完全に取り除く。
所要時間、四〇分。出来上がったのは、小さじ一杯の白い糊。
「さあエマちゃん、ママの愛の結晶よ。あーん」
エマは口を開け、スプーンを含み――。
ブーッ!!
盛大に吐き出した。
「えっ!?」
その後も、人参ペースト、ほうれん草ペースト、全て拒否。
私が一時間かけて作った栄養満点の泥は、すべてエマのスタイ(よだれかけ)と床のシミになった。
「なんで……有機野菜なのに……こんなに手間暇かけたのに……」
一週間後。私はキッチンで崩れ落ちていた。
ブレンダーの洗浄が面倒くさい。
一〇グラム単位の調理が虚しい。
何より、食べてくれないストレスで、エマにイライラしてしまう自分が許せない。
「ただいま。……美玲、大丈夫?」
帰宅した蓮が、荒れたキッチンを見て察した。
「……蓮。私、料理の才能ないのかも。エマが食べてくれないの」
「美玲の料理は世界一だよ。でも、離乳食は『料理』じゃなくて『実験』だからね」
蓮はカバンから、小さな瓶を取り出した。
ドラッグストアで売っている、市販のベビーフード(BF)だ。
「これ、試してみない?」
「で、でも、市販品なんて添加物が……」
「裏を見て」
原材料名:国産にんじん、かつお昆布だし。
以上。
「ベビーフードの安全基準は極めて厳しいんだ。無添加で、衛生管理された工場で、プロが味付けしている。……美玲が泣きながら作った人参より、工場の機械が作った人参の方が、今のエマには『安全』かもしれないよ」
悔しいけれど、正論だった。
試しにその瓶を開け、エマにあげてみる。
パクッ。
モグモグ、ゴックン。
……食べた。しかも、満面の笑みで。
「……負けたわ。キューピーと和光堂に完敗よ」
「負けじゃないよ。これは『アウトソーシング』だ。空いた時間で、美玲がエマに笑いかけてあげる方が、よっぽど食育になる」
その日から、我が家のキッチンには市販の瓶詰めが並ぶようになった。
手作り神話からの解放。
ブレンダーは、私用のアサイーボウル作りに転職した。




