第66話:久々のデート(お家編)
週末。
エマがお昼寝タイムに入った隙を見計らって、私たちは「お家デート」を決行することにした。
「外出はまだハードルが高いから、今日はUberEatsで贅沢しよう」
「賛成。私、ずっと我慢してたものがあるの」
私がオーダーしたのは、**「特上寿司」**だ。
妊娠中は水銀量や食中毒を気にして生魚を避けていた。約一年ぶりの解禁である。
ピンポーン。
玄関先に届いた寿司桶。
リビングのローテーブルに広げると、そこはもう高級料亭だ。
「……大トロ。ウニ。イクラ……」
私は宝石を見るような目でネタを見つめた。
「乾杯しよう。エマの誕生と、美玲の復帰を祝って」
ノンアルコールビールで乾杯する。
口に入れた瞬間、トロが溶けた。
脳内でドーパミンが噴出する。
「んん〜っ! 美味しい〜!」
「よかったね。いい顔してる」
蓮も笑顔で寿司をつまむ。
エマが生まれてから、食事といえば「交代で急いで掻き込む作業」だった。
こうして二人で向かい合って、味を噛み締めながら食事をするのは、いつぶりだろう。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「私、完璧なママになろうとしてた。でも、無理だった」
「うん」
「これからは、適度に手を抜くわ。ミルクも使うし、たまにはお惣菜も買う。あなたが倒れたら元も子もないし、私が笑ってないとエマも不安になるもの」
蓮は頷き、私の手に自分の手を重ねた。
「それがいい。僕たちが目指すのは『完璧な育児』じゃなくて『持続可能な(サステナブル)育児』だからね」
サステナブル。
その言葉が腑に落ちた。
そうだ。育児は短距離走じゃない。一八年以上続くマラソンだ。
給水ポイント(手抜き)を作らなければ、完走なんてできない。
「ふえぇ……」
ベビーベッドから、エマの泣き声が聞こえてきた。
お昼寝終了の合図だ。
以前なら「また泣いた」と絶望していただろう。
でも今は違う。
「はいはい、お姫様のお目覚めね」
「エネルギーチャージ完了したし、行きますか」
私たちは顔を見合わせて笑い、寿司の最後の一貫を口に放り込んで立ち上がった。
チーム・一ノ瀬、再始動だ。
(続く)




