第65話:睡眠負債の返済プラン
ミルク導入が決まったその夜から、蓮による**「夜間シフト制」**が導入された。
「今日の二二時から明朝四時までは、僕が担当する。美玲は耳栓とアイマスクをして、別室で寝てくれ」
「でも、泣き声が聞こえたら……」
「大丈夫。エマが泣いたら〇・一秒で抱っこして、別室でミルクをあげる。君には絶対に気付かせない」
蓮に背中を押され、私は寝室へ隔離された。
久しぶりに一人で横たわるダブルベッド。
心配で眠れないかと思ったが、アイマスクをした瞬間、泥のような睡魔が襲ってきた。
……。
…………。
「……美玲、おはよう。朝だよ」
カーテンを開ける音で目が覚めた。
時計を見る。午前八時。
え? 私、一度も起きずに六時間以上寝た?
「……嘘。エマは?」
「今、リビングでメリーを見てご機嫌だよ。夜中に二回起きたけど、ミルク飲んで即寝た」
私はベッドから起き上がった。
身体が、軽い。
頭にかかっていた霧が晴れたようにスッキリしている。
肩の重みも、目の奥の痛みもない。
「……すごい。世界が輝いて見える」
リビングに行くと、エマが手足をバタバタさせて笑っていた。
昨日までは「泣き叫ぶ怪獣」に見えていた我が子が、今日は「天使」に見える。
「どう? 少しは回復した?」
蓮がコーヒー(彼はカフェイン解禁)を淹れながら笑いかけてくる。
「回復どころじゃないわ。生まれ変わった気分」
私は蓮に抱きついた。
睡眠とは、最強の美容液であり、精神安定剤だ。
私がイライラしていたのは、性格が悪くなったからじゃない。ただ単に「寝てなかったから」だ。
そんな当たり前のことに気づかせてくれた夫に、感謝してもしきれない。
「ありがとう、蓮。あなたのおかげで、またエマを愛せそう」
「どういたしまして。さあ、朝ごはんにしよう。今日は僕が作るよ」
その日の朝食のトーストは、今まで食べたどんな高級料理よりも美味しかった。




