第60話:最強の遺伝子、爆誕
「はい、お母さん、目を開けて! おへそを見て! 長くいきんで!」
私は残ったライフの全てを込めて、下腹部に力を込めた。
血管が切れるかと思った。
股が裂ける音が聞こえた気がした(実際に会陰切開された)。
ドゥルン。
熱い塊が、世界へ滑り出した。
「オギャァァァァァァ!!」
力強い産声。
分娩室の空気が一気に緩む。
「おめでとうございます! 元気な女の子ですよ!」
助産師さんが私の胸の上に、血と胎脂にまみれた小さな生き物を乗せてくれた。
ずっしりとした重み。体温。
「……エマ……」
私は荒い息をつきながら、我が子を見た。
正直、ガッツ石松に似ていた。
しわくちゃで、紫色で、決して「インスタ映え」する姿ではない。
けれど。
今まで見たどんな宝石よりも、どんな夜景よりも、美しかった。
「……Apgarスコア(新生児の健康指数)、一〇点満点ね。皮膚色良好、心拍数正常……」
職業病で分析しようとして、涙で視界が歪んだ。
「よく頑張ったね、美玲。ありがとう。本当にありがとう」
蓮が私の頭を抱きしめ、子供のように泣きじゃくっていた。
彼の顔も涙と汗でぐしゃぐしゃだ。
カンガルーケアの温もりの中で、私たちは家族になった。
ハッピーエンド。
……と、思ったのも束の間。
「はい、じゃあお母さん、初乳あげてみましょうか。おっぱい含ませますね〜」
助産師さんが私の乳首を強くつまみ、エマの口に押し込んだ。
その瞬間。
「ぎゃっ!?」
激痛が走った。
乳首を万力で挟まれたような痛み。
赤ちゃんの吸引力は、ダイソンも真っ青の威力だった。
「……い、痛い……!」
「最初は切れたりしますけど、慣れますからね〜。はい吸って〜」
私は悟った。
出産はゴールではない。
「授乳」という名の、二四時間営業・睡眠禁止の耐久レースのスタートラインに過ぎないのだと。
私の乳首は、すでにゼロよ……。
幸せと激痛の狭間で、私は遠のく意識の中で思った。
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(続く)




