第59話:立ち会い出産の真実
LDR(陣痛分娩室)に入って四時間。
私は人間としての尊厳をかなぐり捨て、獣のように叫んでいた。
「痛い痛い痛い! もう無理! 切って! お腹切って出してぇぇぇ!!」
呼吸法? ソフロロジー?
そんな余裕はない。波のように押し寄せる激痛に、私はベッドの柵を握りしめ、歯を食いしばる。
汗で髪は張り付き、メイクはドロドロだ。
「美しい出産」なんて幻想だった。これは、命がけの排泄行為であり、肉体の破壊だ。
そんな阿鼻叫喚の中で、唯一、冷静に機能しているマシンがあった。
夫、一ノ瀬蓮である。
「美玲、息を吐いて。吸うより吐くんだ。酸素をエマに送って」
「うるさぁぁぁい! 代わってよぉぉ!」
私の暴言を受け流し、彼は私の腰の「ある一点」にテニスボールを押し当てた。
グググッ……!
絶妙な位置。絶妙な圧。
いきみ逃しの神業だ。
彼の腕の筋肉が隆起している。彼が三年間続けてきた筋トレは、この瞬間のためにあったのではないかと思うほどだ。
「蓮……そこ……もっと強く……! 骨砕くつもりで押して……!」
「わかった。フルパワーで行く」
彼は何時間も、汗だくになりながら私の腰を押し続けた。
普通なら指が折れるか、体力が尽きるはずだ。
でも彼は音を上げない。
私の手を握り、汗を拭き、水を飲ませてくれる。
「ごめんね、美玲。痛いね。でも、君の子宮口は順調に開いてる。エマも頑張って降りてきてる。君たちはすごいよ」
極限状態の中で、彼の声だけが命綱だった。
痛すぎて殺意すら湧くのに、彼がいなかったら私は発狂していただろう。
「……もう、出る……! なんか出る!」
「全開大です! 分娩台に変形します!」
助産師さんの声が響く。
いよいよ、最終決戦だ。




