第57話:性別判明と、名前論争
妊娠二四週目の検診帰り。
私たちはカフェ(デカフェ専門店)で、エコー写真を前に緊急会議を開いていた。
「……ついてなかったわね」
「うん、ついてなかったね」
医師の判定は「女の子」。
私の美貌と、蓮の知性を受け継ぐ(予定の)プリンセスの誕生だ。
議題は、最重要項目である「ネーミング(命名)」へ移った。
「私は『玲奈』がいいと思うの」
私はタブレットの画面を見せた。
「理由は三つ。
1.『R』の音は海外でも発音しやすく、グローバルに通用する。
2.私の『玲』の字を継承し、透き通るような美しさを意味する。
3.画数が総格三一画で、才色兼備の最強数」
完璧なロジックだ。
しかし、蓮は少し難色を示した。
「うーん、響きは綺麗だけど……ちょっとクールすぎる気がするなぁ。僕はもっとこう、温かみのある名前がいいな」
「例えば?」
「『陽葵』とか、『心春』とか」
蓮が出してきたのは、昨今のランキング上位に入る「ゆるふわ系」の名前だった。
「却下よ。ひらがなや当て字は、将来就職活動のエントリーシートで不利になる可能性があるわ。それに、キラキラネームは親の知性を疑われるリスクが……」
「美玲、それは偏見だよ。名前に込めるのは『機能性』じゃなくて『祈り』でしょう?」
蓮が珍しく反論した。
「僕は、この子に『太陽のように周りを照らす子』になってほしい。美しさや能力も大事だけど、愛される子になってほしいんだ」
愛される子。
その言葉に、私は口をつぐんだ。
かつて、能力や外見のスペックばかりを追い求めて、孤独だった自分を思い出したからだ。
蓮は、そんな私を愛してくれた。そして今、娘にもその愛を与えようとしている。
「……わかったわ。機能性だけじゃダメね」
私たちは妥協点を探った。
海外でも通じやすく、知的で、かつ愛に溢れた名前。
一時間後。
一つの案が浮上した。
「**『エマ(恵麻)』**はどう?」
蓮が提案した。
「エマ……Emma。英語圏でも一般的ね。ドイツ語で『全宇宙』、ヘブライ語で『神は我らと共に』」
「漢字は『恵み』の恵に、麻のように真っ直ぐ育つ『麻』。画数もいいし、響きも優しい」
私はエコー写真の中の、まだ豆粒のような娘に呼びかけてみた。
エマ。
不思議と、しっくりきた。
「……いいわね。採用よ」
「決定だね。エマちゃん」
蓮が嬉しそうにエコー写真に指を触れた。
こうして、最強の遺伝子の名前は決定した。
あとは、無事にこの世に送り出すだけだ。
……しかし、私たちはまだ知らなかった。
「出産」というイベントが、どんな計画も通じない、人生最大のカオスであることを。
(続く)




