第56話:義母の「砂糖爆弾」
安定期に入った週末。
私たちは蓮の実家へ挨拶に行くことになった。
最大のミッションは、蓮の母――よし子さん(62)の猛攻をいかにかわすか、だ。
「あら〜! 美玲さん、ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるの?」
玄関を開けるなり、義母のマシンガントークが炸裂した。
悪気はない。ただ、彼女の辞書に「低糖質」や「グルテンフリー」という言葉がないだけだ。
通された居間のテーブルには、恐怖の光景が広がっていた。
・いなり寿司(砂糖たっぷりの煮汁を吸った油揚げ)
・煮物(照りを出すために大量のみりんを使用)
・ポテトサラダ(マヨネーズとジャガイモの糖質爆弾)
・そして、山盛りの「おはぎ」
「さあさあ、遠慮しないで! 妊婦さんは『二人分』食べなきゃいけないんだから!」
義母がおはぎを私の皿に乗せようとする。
出た。「二人分」という昭和の迷信。
現代の栄養学では、妊婦に必要な追加カロリーは初期で+50kcal、中期でも+250kcal程度。おはぎ一個でオーバーだ。
(……どうする? 断る? でも角が立つ……)
血糖値スパイクの恐怖に私が固まっていると、横からスッと皿が差し出された。
「母さん。美玲は今、産婦人科医から厳密な体重管理を指導されてるんだ。これを食べたら、次の検診で怒られちゃうよ」
蓮だ。
彼は爽やかな笑顔で、私の皿に乗るはずだったおはぎを自分の皿へ誘導した。
「えぇ〜? でも、甘いもの食べないと赤ちゃんが育たないわよ?」
「それも昔の話だよ。今は『妊娠糖尿病』のリスクがあるから、糖質は控えめにするのが常識なんだ」
蓮は、嫌味なく、しかし断固として義母の知識をアップデートしていく。
「それに、このおはぎは僕が食べたいな。母さんのあんこ、久しぶりに食べたいし」
「あらそう? 蓮ちゃんったら、甘えん坊ねぇ」
義母の矛先が蓮に向いた。
蓮は私にウィンクをして、巨大なおはぎを頬張った。
(……蓮、あなた、今『減量期』じゃなかった?)
私のために、自らの腹筋を犠牲にして糖質爆弾を受け止める夫。
その横顔が、今までで一番のヒーローに見えた。
「美玲には、こっちの刺身と、お吸い物を頼むよ。タンパク質と鉄分が必要だからね」
「はいはい、わかったわよ」
義母も、愛する息子の頼みなら断れない。
私は心の中で夫に合掌した。
ありがとう、私のナイト。帰ったら特製のデトックス茶を淹れてあげるからね。




