第45話:ドレスコードは「素直」
土曜日の夕方。
私はクローゼットの前で、一時間以上も立ち尽くしていた。
ベッドの上には、脱ぎ散らかされた服の山。
白衣やパンツスーツなら三百六十五日分あるのに、「好きな男とのデート服」というカテゴリーの服が、私のデータベースには存在しなかった。
「……これじゃ気合い入りすぎだし、これじゃ仕事着だし……」
鏡の前で黒のワンピースを当てる。
背中が大きく開いた、大胆なカッティングのドレス。
以前、海外の学会のパーティー用に買ったものの、一度も袖を通していない勝負服だ。
「……やるしかないわね」
私は覚悟を決めた。
今日は「管理者」ではない。「一人の女性」として彼の隣に立つのだ。
メイクも変える。
いつもの戦闘用のキリッとしたメイクではなく、ツヤ肌を活かしたナチュラルかつ色気のあるメイクに。
髪はアップにして、うなじを見せる。香水は、彼が「いい匂い」と言ったローズ系をワンプッシュ。
一七時五五分。
マンションのエントランスに降りる。
一ノ瀬は既に待っていた。
私が仕立てさせたミッドナイトブルーのスーツを着こなし、手には小さな花束を持っている。
私が近づくと、彼は振り返り――そして、息を呑んだ。
「……九条、さん?」
彼は呆然と私を見つめ、上から下まで視線を滑らせた。
「……綺麗です。言葉が出ないくらい」
そのストレートな賛辞に、私の顔が一気に熱くなった。
心拍数が急上昇する。これは有酸素運動レベルだ。
「……なによ。私が綺麗なのはデフォルトでしょ」
「はい。でも今日は、特別です。破壊力が違います」
彼は花束を差し出した。
深紅のバラが一輪。
「行きましょう。エスコートします」
差し出された腕に、私はおずおずと手を添えた。
彼の腕の筋肉が、スーツ越しに伝わってくる。
硬くて、温かい。
ああ、本当に彼は「男」になったんだ。私が育てた、最高の男に。




