第39話:美の暴力、オフィスに降臨
深夜二時。
一ノ瀬の勤務するIT企業のオフィスビル。
セキュリティゲートの前で、警備員が眠そうに立っていた。
「すみません」
「は、はい!? ……えっ?」
警備員が飛び起きた。
深夜のオフィス街に不釣り合いな、圧倒的な美女(私)が現れたからだ。
「開発部の一ノ瀬蓮に差し入れを持ってきました。緊急の『薬』です」
「え、あ、いや、部外者の方は……」
「彼の健康状態が著しく悪化しているとの連絡を受けました。もし彼が倒れて労災問題になったら、あなたが責任を取れますか?」
私が冷徹な視線と理詰め(ハッタリ)で迫ると、警備員は気圧されて内線電話に手を伸ばした。
数分後。
エレベーターホールに現れたのは、ゾンビ化した一ノ瀬……ではなく、総務の高橋さんだった。
「えーっと、どちら様ですかぁ? 今、現場は戦場なんで、部外者お断りなんですけどぉ」
高橋さんは私の全身をジロジロと見て、敵意を剥き出しにした。
直感でわかった。こいつが「餌付け女」だ。
「一ノ瀬の……管理栄養士をしております、九条と申します」
「あー! あのお弁当の! ふーん、わざわざ来るなんて、必死ですねぇ」
高橋さんが鼻で笑った。
私は無視して、彼女の背後の自動ドアを見据えた。
ガラス越しに見えるフロアの奥で、一ノ瀬が机に突っ伏しているのが見えた。
「どいて」
「は?」
「彼に『毒』を盛るのはやめてと言っているの」
私は高橋さんを押しのけ(物理)、セキュリティゲートを強行突破した。
ヒールの音が、静まり返ったフロアにカツ、カツと響き渡る。
死んだような目をした社員たちが、一斉に顔を上げた。
深夜のオフィスに舞い降りた、純白の異物。
その圧倒的な「美の暴力」に、全員が言葉を失った。




