第36話:緊急メンテナンス
一ノ瀬をベッドに仰向けに寝かせ、私は「秘密兵器」を準備した。
特製のデトックス・オイル(ひまし油と、消化を助けるペパーミント精油のブレンド)だ。
「シャツ、捲り上げて」
「えっ、あ、はい……」
彼が恥ずかしそうにシャツを捲ると、引き締まった腹筋が現れた。
だが、下腹部はガスでぽっこりと張っている。
「腸もみマッサージをするわ。痛いかもしれないけど我慢して」
私は手にオイルを塗り広げ、彼のお腹に触れた。
温かい肌。
私が育てた筋肉の感触。
少しドキッとしたが、今は治療が優先だ。
「っ……!」
「ここ、詰まってるわね。小腸の動きが止まってる」
私は時計回りに、円を描くように圧をかけていく。
固くなっていた腸を、外側からほぐして蠕動運動を促す。
グルテンという名の泥を、洗い流すイメージで。
「うぅ……なんか、グルグルいってます……」
「動いてきた証拠よ。毒素を流すわ」
一〇分ほど続けると、彼のお腹の張りが引き、柔らかくなってきた。
一ノ瀬の表情も、苦悶から安らぎへと変わっていく。
「……楽になりました。魔法みたいです」
「魔法じゃないわ。解剖学よ」
私は手を止め、タオルでオイルを拭き取った。
ふと、視線を感じて顔を上げると、一ノ瀬がじっと私を見つめていた。
ベッドサイドの間接照明に照らされた瞳が、潤んでいる。
「……九条さん」
「何?」
「やっぱり、僕には九条さんしかいません。他の人の料理なんて、もう身体が受け付けないみたいです」
彼は私の手首を掴んだ。
その熱い掌の温度が、脈打つように伝わってくる。
「一生、僕のメンテナンスをしてくれませんか?」
それは、プロポーズにも似た響きを持っていた。
私の心臓が、早鐘を打つ。
これは契約の話? それとも……?
私は動揺を隠すように、彼のおでこをペチリと叩いた。
「……調子に乗らないで。今回のペナルティとして、明日は『断食』よ」
「ええーっ!?」
悲鳴を上げる彼を無視して、私は部屋を出ようとした。
けれど、背中を向けた瞬間に綻んだ顔を、彼に見られなくてよかったと思う。
(……一生、か)
その言葉の甘美な響きに、私はしばらく酔いしれていた。
たとえそれが、高橋さんのチョコレートよりも中毒性が高いと分かっていても。




