第33話:マドンナの宣戦布告
翌日の昼休み。
僕は会議室の隅で、九条さんが持たせてくれた「特製弁当」を広げていた。
メニューは、鶏ムネ肉の照り焼き(砂糖不使用、ハチミツ使用)、ブロッコリーとゆで卵のサラダ、そしてキノコのマリネ。
地味だが、最強のPFCバランス(タンパク質・脂質・炭水化物)だ。
「……やっぱり、九条さんの飯が一番うまい」
一口食べるごとに、身体の細胞が喜ぶのがわかる。
幸せに浸っていると、会議室のドアが開いた。
「あ、一ノ瀬さん。ここでしたか」
高橋さんだ。
手にはコンビニのパスタと、甘そうなカフェラテを持っている。
「隣、いいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
断る理由もなく、相席になる。
高橋さんは僕の弁当を覗き込み、目を丸くした。
「えっ、すごい! 一ノ瀬さん、お弁当男子だったんですか? 彩りも綺麗だし、栄養バランスよさそう……」
「あ、いや、これは……」
「自分で作りました」と言えば丸く収まる。
だが、嘘をつくのは九条さんの努力を横取りするようで気が引けた。
一瞬の躊躇。
それを、勘の鋭い高橋さんは見逃さなかった。
「……もしかして、彼女さんの手作りですか?」
空気が凍る。
高橋さんの目が笑っていない。
「えっと、彼女というか……管理栄養士の知り合いがいて、体質改善の指導を受けてるんです。その一環で」
「へぇ~……管理栄養士の、知り合い……」
高橋さんはストローを回しながら、値踏みするように僕を見た。
「ふーん。よっぽど親しいんですね。毎日お弁当作ってくれるなんて」
「まあ、隣に住んでるんで……」
あっ。言っちゃった。
高橋さんの眉がピクリと跳ねた。
「隣に住んでる、管理栄養士の女性……。なるほどぉ」
彼女はニッコリと笑ったが、その笑顔は明らかに戦闘モードだった。
「私、負けませんから」
「え?」
「一ノ瀬さんを健康にしたのがその人なら、一ノ瀬さんを甘やかすのは私の役目ってことで」
高橋さんは、カバンから昨日とは違う、高級チョコレートの箱を取り出した。
「これ、すごく美味しいんです。疲れた時に食べてくださいね。……絶対ですよ?」
マドンナからの宣戦布告。
僕は弁当箱を抱きしめながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
九条さん……なんだか大変なことになってきました。




