第31話:昨夜の失言と、幸せな味噌汁
翌朝。
私の部屋のダイニングテーブルには、気まずい沈黙……ではなく、妙にフワフワした空気が流れていた。
「……九条さん、味噌汁、染みます」
「そう。よかったわね」
一ノ瀬が、私が作った「具だくさんの豚汁(酒粕入り)」を、幸せそうな顔で啜っている。
私はコーヒー(もちろんオーガニックのカフェインレス)を飲みながら、視線を逸らしていた。
――昨夜の失言が、頭の中でリフレインしている。
『他の女の匂いをつけて私の部屋に入らないで』
『あなたはまだ私の管理下にあるんだから』
(……何様よ、私)
思い出して、顔から火が出そうだ。
あれでは完全に、浮気を疑う嫉妬深い彼女ではないか。
私たちはただの「契約関係」であり、隣人だ。彼が誰と飲みに行こうが、どんな香水の匂いをつけてこようが、私の知ったことではないはずなのに。
「あの、九条さん」
「……何?」
「昨日のことなんですけど……」
一ノ瀬が箸を止め、真剣な顔で私を見た。
心臓がドクリと跳ねる。
「やっぱり重いです」とか「契約解除します」とか言われたらどうしよう。
「僕、決めました。これからは飲み会の誘いは一次会だけで帰りますし、なるべく女性の隣には座りません」
「……は?」
「九条さんが嫌がることはしたくないんで。僕の身体は、九条さんの作品ですから」
彼は爽やかな笑顔で、とんでもないことを言い放った。
私の作品だから、汚さない。
その忠誠心は嬉しいが、その言葉の裏にある「あなただけを見ています」というニュアンスに、私の脳内CPUがオーバーヒートを起こしかけた。
「……べ、別にそこまでしろとは言ってないわよ。付き合いも仕事のうちだし」
「いえ、僕がそうしたいんです。九条さんのご飯を一番美味しく食べたいですから」
彼は豚汁の最後の一滴まで飲み干し、手を合わせた。
「ごちそうさまでした。行ってきます!」
元気よく出勤していく彼の背中を見送りながら、私は熱くなった頬を両手で包んだ。
……調子が狂う。
ホルモンバランスが乱れているのかもしれない。今夜はローズのアロマを焚こう。そうしよう。




