第30話:独占欲の正体
日付が変わる頃、玄関のチャイムが鳴った。
私は飛び起きるようにしてモニターを確認し、ドアを開けた。
「……ただいま戻りました、九条さん」
そこには、少し顔を赤くした一ノ瀬が立っていた。
酒臭さはあるが、目元はしっかりしている。
「遅い。減点一〇よ」
「すみません……断れなくて……」
「何飲んだの?」
「ハイボール二杯と、ウーロン茶です。揚げ物は衣を剥がして食べました」
私は呆れてため息をついた。
「……律儀ね」
「約束ですから。それに、早く帰りたくて」
一ノ瀬はふらりと靴を脱ぎ、私の方へ倒れ込むように近づいた。
私は反射的に彼の身体を支えた。
ずしりとした重み。体温。そして、微かに香る、知らない女性の香水の匂い。
瞬間、私の中で何かが弾けた。
「……シャワー浴びてきて。その匂い、嫌い」
「えっ?」
「他の女の匂いをつけて私の部屋に入らないで」
私の声は、自分でも驚くほど冷たく、そして震えていた。
一ノ瀬が驚いて顔を上げる。
至近距離で目が合う。
「九条さん?」
「……あなたが綺麗になったからって、調子に乗らないで。あなたはまだ私の管理下にあるんだから」
強がりだ。ただの嫉妬だ。
一ノ瀬は私の瞳をじっと見つめ、ふわりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。僕の管理者は、九条さんだけです」
「……え?」
「今日の飲み会でも、ずっと九条さんのご飯のこと考えてました。やっぱり、あなたの作ったものが一番美味しいから」
彼は私の手を握った。
大きく、温かい手。
一ヶ月前、カサカサだったその手は、今はしっとりと滑らかで、私を包み込む強さを持っていた。
「ガパオライス、まだありますか? お腹空いちゃって」
その屈託のない笑顔を見た瞬間、私の心の氷が溶け落ちた。
ああ、ダメだ。
完全に、負けた。
私は彼の手を握り返し、小さく呟いた。
「……温めてあげるから、先に着替えてきなさい」
コスパがいいとか、エビデンスがどうとか、そんな理屈はどうでもよくなっていた。
私はただ、この男を誰にも渡したくない。
それが、このプロジェクトの最終結論になりつつあることを、私は認めざるを得なかった。
(第3章・完)




