第3話:顔面汚染レベル・バイオハザード
「あはは……九条さん、でしたっけ。お見苦しいところを……」
彼はヘラヘラと力なく笑ったが、その笑顔はホラー映画の特殊メイクよりも恐ろしかった。
まず、顔色だ。
人間の肌には血色というものがあるはずだが、彼の顔は土気色を通り越して「灰色」にくすんでいる。
これは血行不良と、糖化による黄ぐすみが混ざり合った、最悪のカラーチャートだ。
目の下には、何層にも塗り重ねられた地層のような濃いクマ。
副腎疲労の末期症状が見て取れる。
唇はガサガサにひび割れ、口角にはヘルペスの予兆のような赤み。ビタミンB群が枯渇している証拠だ。
そして極めつけは、肌の質感。
毛穴は開ききり、角栓が酸化して黒ずんでいる「イチゴ鼻」。
頬には、赤紫色のニキビ跡と、今まさに噴火しようとしている白ニキビの活火山群。
私の脳内で、研究用のアラートがけたたましく鳴り響く。
『警告:この個体は生物学的エラーを起こしています』
『抗酸化物質レベル低下。炎症反応進行中。直ちに処置が必要です』
不快だ。
猛烈に不快だ。
美しいものを愛し、美の法則を解明することに人生を捧げている私にとって、これほど管理されていない「人体」を目の当たりにすることは、冒涜以外の何物でもない。
「あなた、一体どういう生活をしたらそんな顔になるの?」
私は彼を見下ろしながら、尋問を開始した。
一ノ瀬は私の剣幕に押され、目を白黒させている。
「え? あー……昨日は、コンビニのパスタと、からあげクン……」
「野菜は?」
「野菜ジュースなら、たまに……」
「水は? 一日にどれくらい飲むの?」
「水? いや、コーヒーしか飲まないですけど……眠気覚ましに一日五杯くらい」
ギルティ。
完全なる有罪。
懲役三〇〇年の重罪だ。
私のこめかみに青筋が浮かぶのがわかった。
炭水化物と脂質の過剰摂取。タンパク質欠乏。ビタミン、ミネラル欠乏。
そして何より、致命的な水分不足。
コーヒーは利尿作用があるため、水を飲まずにコーヒーばかり飲めば、身体は脱水状態になる。
彼の身体は今、砂漠の真ん中でガソリンの代わりに泥水を飲まされている高級車のようなものだ。
エンジン(心臓)が動いているのが奇跡に近い。
「あの……九条さん? なんでそんなに怒って……」
「怒るに決まってるでしょう!」
私はゴミステーションに響き渡る声で怒鳴った。
一ノ瀬が「ひっ」と縮こまる。
「いい? よく聞きなさい。あなたのその顔色は、内臓からのSOSよ。腸内環境が劣悪すぎて、毒素が全身を回っているの」
「ど、毒素……?」
「肌はね、『排泄器官』なの。食べたもののゴミを、身体が処理しきれなくて、皮膚から無理やり出そうとしているのが、その肌荒れよ。腸がゴミ溜めなら、肌もゴミ溜めになる。小学生でもわかる理屈よね?」
「ご、ゴミ溜め……」
一ノ瀬がガクリと項垂れた。
言葉のナイフで滅多刺しにしてしまったが、事実なのだから仕方ない。
彼は今、歩くバイオハザードなのだ。
私はもう帰ろうと思った。これ以上、この汚染源の近くにいたくない。
だが、その時。
彼がよろめいて立ち上がろうとした拍子に、ゴミステーションの照明が、彼の顔を「ある角度」から照らし出した。
――その瞬間、私の動きが止まった。
(……待って。嘘でしょう?)
私の目は、化粧品の成分表の極小文字を読み取るために鍛え上げられている。
その「分析眼」が、彼の顔の造作を捉えたのだ。




