第29話:管理者の焦燥
一九時。
私はダイニングテーブルに並べたガパオライスを前に、スマホの画面を見つめていた。
『すみません、急遽会社の飲み会に参加することになりました。晩御飯、遅くなりますが必ず帰ってから食べます。本当にすみません』
LINEの文字。
私は小さく息を吐き、画面を閉じた。
「……別に、謝ることじゃないじゃない」
独り言が、静かな部屋に響く。
彼が飲み会に誘われるようになったのは、喜ばしいことだ。
コミュニケーション能力が回復し、周囲に受け入れられている証拠だ。私のプロデュースが成功した証明でもある。
本来なら、ワインを開けて祝杯を挙げるべき成果だ。
なのに。
なぜ、こんなにモヤモヤするのだろう。
私はガパオライスにラップをかけ、冷蔵庫に入れた。
一人の夕食。
一ヶ月前までは当たり前だった光景が、今はひどく色褪せて見えた。
(……どんな店に行ってるのかしら)
(揚げ物なんて食べてないでしょうね)
(お酒はハイボールか赤ワインにしなさいよ)
(……隣には、誰が座ってるの?)
思考が悪い方へ転がっていく。
綺麗になった彼を、周りの女たちが放っておくはずがない。
今まで私が手塩にかけて育てた、無添加で最高品質の「作品」が、ジャンクな空間で消費されている。
「……私のなのに」
口をついて出た言葉に、私はハッとした。
私の?
違う。彼は実験体で、隣人で、他人だ。
契約は「健康管理」だけで、彼のプライベートを縛る権利なんてない。
でも。
彼の肌を再生させたのも、骨格を見出したのも、あのスーツを選んだのも、全部私だ。
私だけが知っていた「原石」が、みんなの「宝石」になってしまう。
胸の奥がチクリと痛んだ。
これは、カフェイン離脱の頭痛よりもタチが悪い痛みだった。




