第23話:銀座の鎧(スーツ)
次は銀座だ。
男の戦闘服、スーツを仕立てる。
向かったのは、私が役員へのプレゼント選びで使う、完全予約制のテーラーだ。
重厚な木の扉を開けると、初老のフィッターが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、九条様。本日は……おや」
フィッターが一ノ瀬を見て、眼鏡の奥の目を丸くした。
「素晴らしいスタイルのお客様ですね。モデルの方ですか?」
「いいえ、ただの社畜よ。彼に最強の『鎧』を着せてあげて」
「承知いたしました」
採寸が始まる。
一ノ瀬が台の上に立つ。
メジャーを持ったフィッターが、感心したように声を漏らす。
「ウエストが細いのに、肩幅はしっかりある。逆三角形ですね。既製品ではこのラインは出せませんよ」
「ええ、この一ヶ月で仕上げてきたから」
私は腕組みをして、保護者のように頷いた。
選んだ生地は、深みのあるミッドナイトブルー。
信頼感と知性を演出する色だ。
形は、細身のブリティッシュスタイル。三つ揃え(スリーピース)にして、ベストを着せることで、彼の引き締まった腹筋と胸板を強調する。
「試着してみましょう」
フィッターが仮縫いのスーツを持ってくる。
カーテンが閉まり、数分後、再び開いた時。
私はまたしても、言葉を失うことになった。
そこに立っていたのは、「仕事のできる男」そのものだった。
身体に吸い付くようなジャストサイズのスーツ。
ベストが背筋を強制的に伸ばし、立ち姿に威厳すら漂わせている。
ネクタイを締め、袖口からカフスボタンを覗かせた彼は、もはや年収二〇〇〇万クラスのエリートにしか見えなかった。
「……九条さん、どうでしょう? なんか、背筋が伸びて気持ちいいです」
一ノ瀬が鏡の前でポーズを取る。
自信。
そう、彼に一番足りなかったものが、今、完全に補完されたのだ。
「完璧よ、一ノ瀬さん」
私は歩み寄り、彼のエリを直すフリをして、至近距離でその顔を見上げた。
整った肌。意志のある瞳。そして男らしい首筋。
「これで誰も、あなたを疲れた社畜だなんて思わない。あなたは今日から、選ばれる側の人間よ」
一ノ瀬が私の目を見つめ返す。
その距離、わずか三〇センチ。
ふわりと、私が選んだコロンの香りが漂った。
「……全部、九条さんのおかげです」
彼が低く、落ち着いた声で言った。
その声の響きすら、以前とは違って聞こえた。テストステロンの効果か、深く、腹に響くようなバリトンボイスだ。
ドキリ、と心臓が跳ねた。
私は慌てて視線を逸らし、フィッターに向き直った。
「これにするわ。オプションも全部つけて。支払いはカードで」
「えっ、払います! 自分で払います!」
「出世払いでいいわよ。これは私からの『投資』だから」
私はブラックカードを差し出した。
投資した額以上のリターンは、もう十分すぎるほど目にしている。
いや、むしろ……これ以上カッコよくなられたら、私のメンタル(独占欲)の方が保たないかもしれない。




