第22話:断髪式と開眼
オーダーはシンプルかつ絶対的なものだ。
「前髪は上げて。おでこを出すの。彼の知性と、この綺麗な眉毛を隠すなんて罪よ」
「了解。サイドはツーブロックでスッキリさせて、トップに動きを出そうか。カラーはどうする?」
「地毛の黒でいいわ。彼のパーソナルカラーはウィンタータイプ。漆黒が一番映える」
私の指示が飛ぶたびに、サトウのハサミが迷いなく動く。
バサリ、バサリと、一ノ瀬の顔を覆っていた「陰気なカーテン」が切り落とされていく。
床に黒い毛束が積もるたびに、鏡の中の男の顔が露わになっていく。
一ヶ月前、ゴミ捨て場で見た時は、死んだ魚のような目をしていた。
だが今は違う。
栄養が行き渡った太く黒い髪。
水分を湛えた透明感のある肌。
そして何より、意志の強さを宿した瞳。
「……すごい」
一ノ瀬自身が、鏡を見つめて呟いた。
サトウが仕上げのワックスを揉み込み、スプレーで毛束を固定する。
前髪をグッと立ち上げ、サイドをタイトに抑えた瞬間――。
そこに現れたのは、韓流スターか、若手起業家かというほどの、洗練されたイケメンだった。
「はい、完成」
サトウがクロスを外す。
一ノ瀬がゆっくりと立ち上がり、私の方を向いた。
「……どう、ですか? 九条さん」
私は息を呑んだ。
想像以上だ。
私の脳内シミュレーションでは、偏差値六五くらいの仕上がりを予想していたが、実物は偏差値七五を叩き出している。
おでこを出したことで、眉間の凛々しさが際立ち、長い睫毛が憂いを帯びた色気を醸し出している。
清潔感と、野性味の絶妙なハイブリッド。
「……悪くないわ」
私は平静を装うのに必死だった。ニヤけそうになる口元を指で隠す。
「ようやく人前に出しても恥ずかしくないレベルになったわね」
「そ、そうですか。よかった……」
一ノ瀬が安堵の笑顔を見せた。
その笑顔の破壊力に、店内の女性アシスタントたちが色めき立っているのが視界の端で見えた。
(……ちょっと、見すぎじゃない?)
私は無意識に眉をひそめていた。
自分の作品が評価されるのは嬉しい。だが、不特定多数の視線に晒されることに、奇妙なザワつきを感じていた。




