第20話:サナギが割れる時
そして、約束の一ヶ月が経った。
土曜日の朝。
私の部屋の大型姿見の前に、一ノ瀬を立たせる。
そこに映っているのは、一ヶ月前のゴミ捨て場にいた薄汚れた社畜ではない。
肌は内側から発光するような自然なツヤを帯び、くすみが一掃されている。
浮腫みが完全に取れた顔は、二回りほど小さくなっていた。
そのおかげで、彼が本来持っていた鋭角な顎のラインと、高い鼻筋が浮き彫りになっている。
体重は三キロ減だが、タンパク質摂取と軽い筋トレのおかげで、胸板にはうっすらと筋肉の厚みが出ていた。
猫背が矯正され、立ち姿に凛としたオーラがある。
「……これが、僕?」
一ノ瀬は鏡の中の自分を、まるで他人を見るように見つめている。
清潔感。生命力。そして、隠しきれない色気。
素材(SSR)の良さが、不純物(毒素)を取り除いたことで完全に開花していた。
「素晴らしいわ、一ノ瀬さん。私のデータ通り……いいえ、それ以上の仕上がりね」
私は感動で震えそうになるのを抑え、努めてクールに言った。
これは私の作品だ。私が原石から削り出した彫刻だ。
誰にも渡したくない――そんな独占欲すら湧いてくる。
「身体は完成したわ」
私は彼の方に向き直り、その肩に手を置いた。
しっかりとした筋肉の感触が伝わってくる。
「サナギから蝶になる準備は整った。次は『羽』をつける番よ」
「羽、ですか?」
「そう。その伸び放題のもっさりした髪と、ヨレヨレの服をどうにかしましょう」
私はスマホを取り出し、予約画面を見せた。
表参道のカリスマ美容師と、銀座のメンズ専門スタイリストのアポイントだ。
「行くわよ、一ノ瀬さん。今日はあなたの『デビュー日』になるわ」
「はい!」
一ノ瀬の返事は、短く、力強かった。
その瞳には、未来への希望と、私への全幅の信頼が宿っていた。
私たちは出陣する。
この東京というコンクリートジャングルで、最も美しい捕食者になるために。
(第2章・完)




