第2話:ゴミステーションの異物混入
この高級マンションの売り文句の一つは、各階に設置された「二四時間ゴミ出し可能」なゴミステーションだ。
エレベーターに乗る必要もなく、部屋着のままゴミを捨てられる。多忙な現代人には必須の設備と言える。
深夜二時の廊下は、静まり返っていた。
ホテルのような内廊下。足音を吸い込む絨毯の上を、私はコツ、コツと歩く。
ゴミステーションの前に立つ。
カードキーをセンサーにかざすと、「ピッ」という電子音と共にロックが解除され、プシュッという気密性の高い音がして扉が開いた。
その瞬間。
「……ッ、くさ」
私は反射的に眉をひそめ、呼吸を止めた。
臭い。
単なる生ゴミの腐敗臭ではない。もっと質の悪い、胸焼けするような匂い。
酸化した古い揚げ油、アルコールが分解された際のアセトアルデヒド臭、そして……澱んだ空気のような、人間の「疲労臭」。
換気システムが故障しているのか?
不快感を露わにしながら、私は一歩足を踏み入れた。
そこで、私は「それ」を発見した。
「……う、あ……ぅ……」
ゴミ捨て場の隅。
入居者が無造作に積み上げたAmazonのダンボールの山の影に、人間が落ちていた。
最初は、誰かが捨てた等身大の抱き枕かと思った。
薄汚れたグレーのスウェット上下。
片方だけ脱げかけた便所サンダル。
そして右手には、命綱のように握りしめられた、ロング缶のストロング系チューハイ(アルコール度数九%)。
死体、ではない。
微かに肩が上下し、うめき声を上げている。
見覚えがあった。
確か、私の隣の部屋――1005号室の住人だ。
引っ越しの挨拶ですれ違った時は、もう少し「霊長類ヒト科」の形を保っていた気がするが、今の彼はどう見ても、深海から引き揚げられた謎の生物だ。
名前は、一ノ瀬、と言ったか。
(……関わりたくない)
私の脳内CPUが、即座に「回避」の判断を下した。
こんな泥酔した男に関われば、私の貴重な睡眠時間が削られる。睡眠不足は成長ホルモンの分泌を妨げ、明日の肌コンディションに直結する。
私は見なかったことにして、手早く自分のゴミ袋を指定の場所に置いた。
踵を返して立ち去ろうとした、その時だ。
「……鍵……わすれ、ちゃって……」
背後から、蚊の鳴くような声が聞こえた。
無視しようとした足が止まる。
ちっ、と舌打ちをしそうになるのを堪え、私は冷ややかな視線で振り返った。
「……邪魔なんですけど」
私の氷点下の声に、その物体(一ノ瀬)はビクリと肩を震わせた。
のろのろと、壊れたロボットのような動きで顔を上げる。
ゴミステーションの、残酷なほど白い蛍光灯が彼の顔を照らし出した。
その顔を見た瞬間、私は思わず絶句した。
「……ひっどい顔」
それは、私の美容研究家としてのプライドを逆撫でするような、凄惨な光景だった。




