第16話:鏡は嘘をつかない
一週間が経過した。
月曜日の朝。
一ノ瀬が、出社前に私の部屋に立ち寄った。
インターホン越しの彼の顔を見て、私はガッツポーズをしたくなった。
「おはようございます、九条さん」
「おはよう。……鏡、見た?」
ドアを開けると、そこには少し照れくさそうな一ノ瀬が立っていた。
変化は、誰の目にも明らかだった。
まず、肌のトーンだ。
一週間前、死人のようにドス黒かった顔色は、黄色みが抜け、透明感のあるベージュへと変化していた。
水分量が上がったことで、肌の内側からパンッとしたハリが生まれ、毛穴の開きが目立たなくなっている。
何より、目の下のクマだ。
完全には消えていないが、あの「地層」のような厚みはなくなり、薄い影程度になっている。
白目の濁りが取れ、瞳がキラキラと潤んで見えた。
「洗顔した時の手触りが、全然違うんです! 今までザラザラしてたのが、ツルッとしてて……」
「角質層に水分が貯留されたからね。一日二リットルの水と、EAAのアミノ酸。細胞が満たされている証拠よ」
私は彼の頬に(研究的な意味で)触れた。
指が吸い付く。乾燥による粉吹きも治まっている。
「あと、朝の目覚めが凄いです。アラームが一回鳴っただけで起きられました。こんなの、入社以来初めてかも」
「腸内環境が整って、セロトニン(幸せホルモン)がちゃんと分泌されるようになったからね。セロトニンは朝の覚醒を促すのよ」
一ノ瀬は、玄関の姿見で自分の顔をまじまじと見つめた。
自分の顔を見るのが嫌で、鏡を避けていた男が、今は自分の変化を楽しんでいる。
「僕……本当に変われるんですね。たった一週間で」
「まだ一週間よ(オンリー・ワンウィーク)。肌の細胞がすべて入れ替わるには、最低でも二八日(ターンオーバー周期)かかるわ。本当の変化はこれからよ」
私は彼に、今日のお弁当(鶏胸肉の低温調理サラダと、玄米おにぎり)を渡した。
「いってらっしゃい。コンビニの誘惑に負けるんじゃないわよ」
「はい! 行ってきます!」
彼は力強く頷き、会社へと向かった。
その背筋が、以前よりも少しだけ伸びている気がした。
猫背が治りつつあるのは、体幹を支える筋肉に栄養が行き渡り始めたからかもしれない。
(順調ね……)
私は彼を見送りながら、次のステップを考えていた。
身体が整えば、次は外見だ。
そろそろ、あのボサボサの髪と、サイズの合っていないスーツをどうにかしたい。




