第15話:睡眠は最強の美容液
離脱症状の嵐が過ぎ去ったのは、翌日、日曜日の夜だった。
一ノ瀬はげっそりとしていたが、瞳の濁りは少し取れ、憑き物が落ちたような顔をしていた。
「……なんか、身体が軽いです。頭痛も消えました」
「毒が抜けた証拠ね。おめでとう、第一関門突破よ」
私は拍手を送った。
さて、体内時計のリセットだ。
「今日からは『睡眠』の改革を行うわ」
私は彼が枕元に置こうとしていたスマートフォンを、ひょいと取り上げた。
「あっ」
「寝る一時間前のブルーライト禁止。没収します」
「ええっ!? でも、寝落ちするまで動画見ないと眠れなくて……それが習慣で……」
「それが不眠の諸悪の根源よ!」
私はスマホを彼の手の届かない棚の上に置いた。
「ブルーライトは脳に『今は昼だ』と勘違いさせるの。睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が止まって、交感神経が優位になる。あなたがいくら寝ても疲れが取れないのは、脳が興奮状態で気絶しているだけだからよ」
「じゃあ、どうやって寝れば……」
「ツール(道具)を使いなさい」
私が取り出したのは、以下の三点セットだ。
1.アロマオイル(ラベンダー&オレンジスイート)
2.ホットアイマスク(使い捨てタイプ)
3.ウェイトブランケット(加重毛布)
「香りで嗅覚から脳をリラックスさせ、アイマスクで強制的に視覚を遮断する。そして、この重たい毛布が重要よ」
私は彼の上に、ずしりと重い毛布をかけた。
「うわ、重っ……でも、なんか……」
「安心するでしょう? 適度な圧迫感は、胎児が母親のお腹の中にいるような安心感を与え、副交感神経を優位にするの(ディープ・プレッシャー刺激)。今日は泥のように眠れるはずよ」
半信半疑の一ノ瀬だったが、アイマスクを着けて五分もしないうちに、寝息が変わり始めた。
スースー、という深く、規則正しい呼吸。
時折、ピクリと指先が動く。
私は彼の寝顔を覗き込んだ。
アイマスクで顔の半分は隠れているが、力の抜けた口元や、整った顎のラインが無防備に晒されている。
寝顔は、驚くほど幼く、そして――整っていた。
「……素材はいいのよね、本当に」
私は小さく呟いた。
睡眠中に分泌される成長ホルモンこそが、細胞を修復し、肌を再生させる最強の美容液だ。
今夜、彼の身体の中では、何兆個もの細胞が大工事を行っているはずだ。
「おやすみ、一ノ瀬さん。明日の朝が楽しみね」
私は部屋の照明を常夜灯に切り替え、静かに退室した。




