第14話:砂糖という名の白い粉
異変が起きたのは、その日の夕方だった。
ボーンブロスを飲んで一時は落ち着いていた一ノ瀬が、ソファの上で頭を抱えて唸りだしたのだ。
「……あ、頭が……痛い……ガンガンする……」
一ノ瀬の額には脂汗が滲み、顔色は蒼白になっている。
手足が小刻みに震え、貧乏ゆすりが止まらない。
「く、九条さん……甘いもの……チョコとか、ないですか? あとコーヒー……カフェインが欲しい……」
彼は充血した目で私を見た。
その瞳は、理性を失った野生動物のようにギラついている。
「お願いです! 頭が働かないんです! ちょっとだけでいいんで! 一口だけ!」
彼は半狂乱で立ち上がり、私に掴みかかろうとした。
普段の温厚な彼からは想像もつかない豹変ぶりだ。
だが、私は冷静だった。むしろ、「予定通り」とすら思っていた。
「ダメよ」
「なんでですか! 死にそうなんです!」
「死なないわ。これは『好転反応』。今まであなたが依存していた砂糖とカフェインが、身体から抜けていく時の離脱症状よ」
私は彼をソファに突き飛ばし(力がないので簡単に倒れた)、キッチンへ向かった。
「砂糖は『マイルドドラッグ』と呼ばれるほど依存性が高いの。摂取すると脳の快楽中枢(報酬系)が刺激されてドーパミンが出る。あなたは長年、エナドリと菓子パンでその快楽回路を焼き切ってきた。今、脳が『快楽をよこせ』と暴動を起こしているのよ」
「ううう……甘いもの……砂糖……」
一ノ瀬はうわ言のように呟いている。
完全に薬物中毒者の禁断症状だ。
血糖値の乱高下に慣れきった身体は、血糖値が正常に戻ろうとするだけで「低血糖だ!」と誤認してパニックを起こす。
私はコップ一杯の水に、天然の「岩塩」をひとつまみ、そして「マグネシウム」の液体サプリを数滴垂らした。
「飲みなさい。マグネシウムが神経の興奮を鎮めるわ」
一ノ瀬は震える手でコップを受け取り、一気に飲み干した。
しばらくすると、荒い呼吸が少しずつ落ち着いてきた。
「……はぁ、はぁ……すみません、取り乱しました……」
「いいのよ。それだけあなたの身体が蝕まれていた証拠だわ。ここが正念場よ。ここを乗り越えれば、脳にかかっていた霧が晴れる。耐えなさい」
私は彼をベッド(私の客用布団だが、高級羽毛だ)に押し込んだ。
彼がもがき苦しむ姿を見ても、私は心を鬼にした。
これは通過儀礼だ。生まれ変わるためには、一度、過去の自分を殺さなければならない。




