第100話:数年後、12歳のエマ
――それから、六年後。
ボストンのMIT講堂。
ステージの中央には、ドラムセットが置かれている。
スティックを握るのは、一二歳になったエマだ。
手足が伸び、少し大人びた表情。黒髪のポニーテールが、ステージライトに照らされて艶やかに光る。
「Next performer is... Emma Ichinose!」
歓声の中、エマが叩き出したのは、複雑怪奇な変拍子のジャズ・フュージョン。
しかし、そのリズムは機械的ではない。
観客の心拍数とシンクロするかのような、有機的なグルーヴ。
客席で、私と蓮はその姿を見守っていた。
「……信じられないわね。あんなに小さかった子が」
「ああ。今の彼女のドラミングには『黄金比(フィボナッチ数列)』が組み込まれている。美しいよ」
蓮は、MITメディアラボの研究員としてすっかり板についた貫禄を見せている。白髪が少し混じったが、それがかえって「イケオジ」度を増していた。
私も、現地のオーガニック・カフェのプロデュースを手掛け、ボストンのママたちの間で「Gut Health Guru(腸活の導師)」と呼ばれている。
演奏が終わると、スタンディングオベーションが起きた。
エマは少し照れくさそうに、でも誇らしげにスティックを掲げた。
その夜。
エマは興奮気味に言った。
「ママ、パパ! 今日の演奏、数式通りに決まったよ! あ、でも途中でアドリブ入れたところ、計算外だったけど気持ちよかった!」
数学オリンピックの州代表でありながら、ロックドラマー。
理系と芸術のハイブリッド。
私たちが目指した「最強の遺伝子」は、想像を遥かに超える怪物に成長していた。




