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滅びの魔女の謀  作者: 空野進
第1章 滅びの森からの逃走

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6/7

兵士長

「さて、これで準備ができたな。さっさと行くと良い」

「あの……、最後に聞いても良いですか?」

「何をだ?」



 男はピクリと眉が動き、目を細めてくる。

 これ怒ってる……。

 言葉に詰まりながらなんとか言う。



「あなたの名前はなんて言うのですか?」

「そういう君はどうなんだ?」

「私ですか!? 私は……」



 転生前の名前はうろ覚えではっきりしない。

 今の名前は……。



「イリス……です」

「なるほどな。覚えておこう」



 もう話はないといわんばかりに背を向けてくる。



「私だけじゃないですよ! あなたの名前も教えてください!!」

「――ディーだ」

「今、少し悩みませんでした?」

「……」



 ディーはそれ以上何も言わない。

 おそらくは偽名なのだろう。



「わかりました。今はそれで大丈夫です」



 頭を深々と下げる。



「なんだ、それは?」

「お礼ですよ。助けてくださってありがとうございます」

「――まだ助けていない」



 腕を組み、トントンと叩いている。



「それでもこれから助けてくれるんですよね? だからお礼の先渡しです」



 微笑みながら伝えるとディーは背を向けてくる。



「良いから行け!」

「はいっ!!」



 また会えるといいな。

 そう思いながら私は走り出す。



         ◆ ◆ ◆



 ディー、ことディートリヒ・フォン・グレイヴはイリスが去った後、兵士が落としていた魔女索敵の魔道具を、手に取っていた。

 そのまま、彼女を傷つけて流させた血の上にその魔道具を置く。


 さすがに流した血では魔力が足りないようで、ぼんやりとした光しか放たれない。

 それでも魔女の居所を知らせるには十分すぎた。


 もう間もなくここに兵たちが現れるはずだ。

 ディートリヒはそれを待つために木にもたれ掛かる。


 魔女……か。本当に使えるのか……?


 疑問に思えてくるのは先ほどのイリスの姿を見たからだ。

 実際にその魔法は目を見張るものがあった。


 複数の兵士を巻き込む巨大な魔法。

 まさに『滅びの魔女』に相応しい一撃。


 そのはずだが――。


  ディートリヒが考え事をしていると森に似合わない金属の擦れる音が聞こえてくる。



「――お前か」



 一番最後にやってきた兵士長、グスタフがディートリヒを見て眉をひそませる。



「……」



 ディートリヒは木にもたれ掛かり、腕を組みながら何も答えない。



「まさかお前がやったんじゃないだろうか?」

「……俺にこれだけのことができると思ってるのか?」



 ディートリヒの視線が倒れている兵士の鎧に向けられる。

 明らかに人の手によるものではない傷。

 そんなことはグスタフにもわかっていた。



「お前ならできるんじゃないのか? グレイブ伯爵家の唯一の生き残り、呪われた騎士であるお前なら……」

「……そんなことができるならお前も今頃あいつと同じ目に合っているだろうな」



 静かに動き出すディートリヒ。

 グスタフは思わず自分の膨らんだ腹部を見て、すぐに首を横に振っていた。



「ま、待て。話はまだ……」

「見ろ、これを」



 話を途中で遮る。

 ディートリヒが手に持ったのは汚れた布きれ。

 先ほどイリスが自分で切った物だった。



「なんだ、その汚らしいボロ雑巾は」

「あの魔女の服と似ていないか?」

「はははっ、魔女などどれも似たような服を着てるじゃないか」



 グスタフの言葉など気にせずに更にディートリヒは魔石を手に取る。

 未だに光り続けている魔石は、ディートリヒが持った瞬間により輝きを増していた。


 それを気にすることなく、布きれの血液に魔石を当てる。

 すると、やはり魔石は光ったままだった。



「見てみろ。やはり魔女のものだ」

「ほう、つまりどういうことだ?」

「……自分の頭で考えられんのか?」



 嘲笑を浮かべるディートリヒにグスタフは憤慨し、布きれを奪い取っていた。



「破かれたあとと人以外の力で倒された兵士……か。魔法の力かとも思ったが――」

「魔法なら魔力の痕跡が残っても、血液まで残らないだろう」

「血液を使う魔法もあるかもしれないだろ!?」

「少なくとも『滅びの魔女』はそういう魔法の使い手ではなかったのは見てただろ? ここに兵士の死体が残っているのも変だ」

「……しかし、魔獣などに魔女がやられるのか?」

「さもありなん。『滅びの魔女』は弱っていたからな」

「……そうか」



 グスタフは納得した様子で頷くともう興味はなさそうに布きれを捨てていた。



「ところでお前は魔獣程度も倒せずに兵士がやられるのをただ見ていたのか?」

「……俺が来たときにはすでに兵士は事切れていた。魔獣(あいて)はブラッディーベアだった。勝てなくはないが苦戦はしただろう」

「それでも倒せたんだろ? 手を抜いたのか?」

「……それはブラッディーベアから魔女を助け出せとでも言う気か?」



 ディートリヒの鋭い視線にグスタフはビクッと肩を振るわせる。



「確かにお前は助けないだろうな。魔女のせいで家族を失ったお前は――」

「……」



 もう言うことはないといった感じにディートリヒは背を向ける。

 よくよく見るとその唇は硬く噛みしめられていたのだが、グスタフがそれに気づくことはなかった。



「お前たち、撤収だ。もうこんな危険な森にいてられるか。ここに住む魔女は滅びた。俺たちの仕事は終わったんだ」



 兵士たちから歓喜の声が上がる。

 ただ一人、ディートリヒだけは沈黙を保ったままで――。

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