1.セレスタの街の孤児
日が沈み、暗闇が場を支配する夜。
巨大な壁を隔たりに、街へ入ると外灯が点いていたりもするのだが、街へ入れない孤児や浮浪人が暮らす集落にはそんなものは一切ない。
蝋を使う余裕もないため、基本日が暮れたら出歩く人間はいなかった。
そこに住んでいた孤児、アッシュは暗闇でも容易に出歩くことができた。
肩ほどまでに伸ばした赤茶の髪。少年とも少女ともとれる中性的な顔。孤児らしいボロ布の服。
そんなアッシュの目的は街へと入ることだった。
しかし、街に入るにはかなりの金が必要になる。
身分証があるのなら、通行税だけで中には入れる。
しかし、アッシュたち孤児や浮浪人は身分証を持っていない。
身分証がないものは、お金を払い身分証を作った上で通行税を払わないと街の中へ入れなかった。
通行税は銀貨二枚。
身分証は銀貨八枚。
計、銀貨十枚。
大体街で暮らす平民が一ヶ月で稼ぐ費用だが、孤児たちにはかなり難しい金額だった。
孤児や浮浪人ができる仕事がまずほとんどない。
仕事が見つかったとしてももらえる金額はかなり少ない。
日々の生活もギリギリの孤児たちは食料を金代わりにもらうことの方が多かった。
「あははっ、アッシュはまだそんな使えないものを集めているのか? いい加減諦めたらどうだ?」
「あ、諦められるか! おれは必ず街へ入るんだ!」
「入ってどうするんだ? 街の中に入ったところで俺たち孤児の暮らす場所はないぞ?」
「中の方が金が稼げる。家がなくとも野宿すればいいだけだろ?」
「街の中は不審者がいないか巡回兵が見て回っているらしい。野宿なんてしたら捕まるんじゃないか?」
「うぐっ、でもおれは……」
言葉に詰まるアッシュ。
アッシュの努力をあざ笑うかのように孤児たちは仕事で貰った食料を食べていた。
固くなったパンとわずかばかりのくず野菜。
育ち盛りの孤児たちはそれだけでは足りないので、すぐに食べられる草や木の実、小動物や虫などを探し出していた。
食べ物をもらっていないアッシュは一足先に食べ物を探し出す。
特に小動物を狩るのはお手の物だった。
なぜか生き物の体温を肌で探知することができるアッシュ。
それが特別なことだとは思っておらず、みんなそういうものだと思っていた。
まだまだ目標の金額まで遠い。
それでもいつかは稼いでやる。そう決意していた矢先、彼女は現れた。
長く美しい銀色の髪を持っている少女。
金色に近い瞳は宝石のように綺麗で、比較的顔は整っている。
なぜか動きにくそうな大きいローブを着込んでいる。
そのどれもが孤児らしくない姿。
でも、そんな少女がたった一人で歩いているのも不思議だった。
誘拐してくれと言っているようなものだった。
おそらくはそのうち現実をわからせられるだろう。
興味をなくしたアッシュは彼女から視線を外そうとする。
しかし、どういうわけか、その少女はまっすぐアッシュへと向かってくる。
そして、笑顔のまま聞いてくる。
「あの、街へ入りたいのですけど、どうしたら良いですか?」
丁寧な物言い。
歪すぎる少女にアッシュは頭で警鐘を鳴らしながらも答える。
「ガキが一人で街へ入れるはずないだろ」
◆ ◆ ◆
記憶を頼りに私はセレスタの街を目指して歩いていた。
「たしかお姉さんが気にかけていたんだよね。もしかしたら街に魔女がいるのかも」
魔女を狙う黒幕がどこにいるのかはわからない。
セレスタの街にも魔女を殺そうとする勢力はいるはず。
むしろ、森の中よりずっと多いはず。
それなのに気にかけているということは、おそらく隠れ住んでいる魔女がいるかもしれない、ということに。
魔女を探して仲間になって貰う、と決めた私には十分探る価値のある街だった。
しかし、危険であることには違いないために準備だけは十分にしておく。
まずは魔法の特訓。
魔女とバレる諸刃の剣であるが、その効果は絶大である。
上手く使えれば切り札になるのだけど……。
「やっぱり全く使えないね……」
記憶を遡り、その感覚頼りに色々と試したのだが、これは見事に大失敗。
見習いのちょっとした魔法ですら使えない。
「やっぱりあの魔法が原因なのかな……?」
たくさんの兵士を道連れにした滅びの魔法。
『滅びの魔女』と言われる所以の魔法。
あれ以降魔法が使えなくなったことを考えると、それが原因だと予想できる。
自然に治るのか、それとも医者的な人に見てもらう必要があるのか、そこはわからない。
すぐに使えそうにないので、一旦保留にしておく。
他にできることは短剣をまともに使えるようになること。
この短剣も私が使うと石が光ってしまう。
それで魔女だということがバレてしまうから使いどころに注意しないといけない。
あとは森の中でいくつか道具になりそうなものを拾っていくこと。
前回は運が良くて兵士たちから逃げられたけど、今度も上手くいくとは限らない。
最低限、見つかっても逃げられるようにはしないと。
それに――。
ぐぅ……。
お腹が鳴り、思わず他の誰かに聞かれてないか周りを見てしまう。
もちろん誰かいるはずもない。いたら困る。
すると、肩ほどの長さをした赤髪の男の子が私のことをジッと見ていた。
あっ……。
思わず顔を染め、恥ずかしさを隠すために微笑むことしかできなかった。
周りが暗くて気づかなかったのか、いつの間にかセレスタの街のすぐ側まで近づいていた。
街の周りを高い壁がそびえ立ち、どこから中に入ればいいかわからない。
それと私を見て呆けたままの男の子。
私が魔女だって気づかない子でよかった……。
私はゆっくり男の子に近づいて声をかける。
おそらくはあの街の子だろうし、街への入り方について知っているはず。
「あの、街へ入りたいのですけど、どうしたら良いですか?」
なるべく不審者に見られないように、笑みを浮かべながら話しかける。
すると、男の子は呆れた口調で教えてくれる。
「ガキが一人で街へ入れるはずないだろ」
この辺りの常識なのかもしれない。
ただ、それだと子供は街の中へ入れないことになってしまう。
「えっと、全く入る方法がないのですか?」
「身分証と金があれば入ることはできる。ただ、普通に集められるような額じゃない」
「あっ、そういうことなのですね」
お金……かぁ。
お姉さんが残してたお金は持ってきたけど、正直どのくらいの額になるのかはわからない。
なんとなくお金の種類は覚えているのだが、まだまだ子供だったから使ったこと自体はなかったようだ。
持っている小袋に入ったお金を確認する。
金銀……、様々な色の硬貨が入れられている。
「どのくらいのお金がいるのですか? 金貨十枚とか?」
「ばっ!? そんな大金が必要だと商人が入れないだろ! 通行税は銀貨二枚だ!」
「あっ、そんなものなんですね……」
そのくらいのお金は全然あるため安心してしまう。
「……お前、通行税が払えるのか?」
私みたいな子供がそんな大金を持っているのはおかしいのかも。
引きつった笑みを浮かべながら答える。
「えっと、は、払えないよ?」
「……だよな」
どこか訝しんでいる様子だった。
「……お前、何か隠してないか?」
「えっ!?」
突然の核心を突いた質問に私は表情が強ばる。
別におかしな事は話していないと思うのだけど……。
男の子は頭を掻きながら言ってくる。
「しゃべり方、変わってるぞ?」
「……あっ」
一瞬敬語が外れていたことに今更ながら気づく。
うっかりとしたミスだった。
「ここにいる奴で傷のない奴なんていないから詳しくは聞かないが、おれに話すならその口調でいい。堅苦しいのは苦手なんだ」
「あははっ……、わかったよ」
どうやら詳しい話を聞かないでいてくれるらしい。
そのことに私はホッとため息を吐く。
「金がかかるのは通行税だけじゃない。身分証を作るのにも銀貨が八枚必要なんだ。そこまでやっても中に入るだけだ」
「あっ、そっか。入ってからも宿代や食べ物のお金とか色々とかかるもんね。お金を稼ごうにもすぐに仕事が見つかるかもわからないだろうし……」
私の独り言に対して、男の子は目を大きく見開いて驚いていた。
「お前、どうして――」
男の子の反応を見て、私は余計なことまで言ってしまったかなと慌てて口を閉じる。
しかし、その反応が決定的になったようだ。
何かを考え込んだ男の子は私の手を取ってくる。
「よし、おれが色々と教えてやるよ」
男の子は屈託のない笑みを見せてくる。
私は使える人くらいに思ってもらえたらしい。
でも、『魔女』の私が一緒に動いたらこの子に迷惑をかけないかな?
少し迷ったものの、知らないことを教えてもらえるという利点を考えて承諾することにする。
――だって、この子は魔女じゃないんだから。




