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滅びの魔女の謀  作者: 空野進
第1章 滅びの森からの逃走

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熊の魔物

 兵士に見つからないように慎重に、森の中を進んで行く。


 この森で生活をしていて危険な生き物に襲われなかったこと。

 魔女は魔法を使える。つまり、魔法とは別に魔法のこもった道具もあるかもしれないこと。


 その二点から考えて、私にはこの森の生き物に襲われない何かがあると予想する。


 どういったものかはまだわからない。

 この予想が外れていたら、森の生物に襲われるだけ。


 緊張から、思わず息を呑む。


 でも、上手くいかなくても兵士の人たちに襲われるだけだもんね。どっちにしても危険なら希望のある方に賭けないと。


 それに私の前には決して現れない可能性もある。


 色々と確かめるためには危険な生き物と会わないといけない。

 兵士たちに見つかるより先に。


 自然と歩く足が速くなる。


 あれ以来、何も音がしないことが不気味さを醸し出している。

 それと同時に、たった一人でいることに心細さを覚える。



「でも……必要なことだもんね」



 未だに握りしめている花。

 一度頷くと更に歩く速度を上げていく。



         ◇ ◇ ◇



 こっちの方向であってたよね?


 咆哮があった場所に近づいているはずなのに、今だにそれらしい痕跡を見つけられない。

 あれ以来声も聞こえないので、近づいているのかどうかさえ不安になってくる。


 すると、ガサゴソと木の枝が揺れる音が聞こえる。


 ようやく見つけたっ!


 期待を胸に振り返ろうとしたその瞬間、何かが顔のすぐ側を通る。

 その瞬間に髪から弾け飛ぶ髪留め。



「あっ……」

「魔女め、生きていたか!」

「ひぃっ」



 現れたのは危険な生き物ではなく、先ほどまで私を襲っていた兵士だった。


 ど、どうしよう……。まだ戦う準備が……。


 慌ててその場から離れようとする。

 ただ、飛んでいったヘアピンのことも気になってしまう。



「覚悟しろ! 仲間たちの敵!」



 矢が尽きたのか、兵士は剣を抜き駆け出してくる。


 眼前まで迫る兵士。

 とてもじゃないけど、逃げ切れるものではない。


 だ、誰か助けて……。


 思わず目を閉じてしまう。

 すると、何かが私の側を通り過ぎる。


 ただ、いつまでも痛みが襲ってこない。

 ゆっくり目を開けてみると、目の前にいたはずの兵士の姿はなく、代わりに真っ黒な毛並みに覆われた熊がいた。



「ぐるるるぅ……」



 ひぃぃぃ……。ど、どういう状況!? も、もしかして森にいる危険な生き物ってこの熊なの!?


 おそらく先ほどの兵士はこの熊にやられたのか、逃げたのだろう。


 私の前に現れないという予想は外れてしまった。


 で、でも、まだ襲ってこない可能性はあるよね……。


 引き攣った笑みを浮かべながら熊を見る。

 熊も私を見ると微笑んでくれたように見えた。


 もしかして助かる?


 淡い期待を抱いていたが、熊はゆっくり私に近づいてくる。口を開きながら……。


 あ、あれって、私を食べるつもりなんじゃ……。


 ゆっくり後退りをする。

 熊を見かけた時の対処方法は、死んだフリ……じゃない。静かにゆっくりその場から離れることだったはず。


 それに倣って私も熊から視線を外さないようにしつつ、後ろへ下がっていく。


 すると、足に何か触れる。

 先ほど飛ばされた髪留めだった。


 拾いたいけど、でも――。


 ここで余計な動きをすると間違いなく熊に襲われる。

 でも、ここで拾わないともう見つけることはできないかも。


 目の前の熊とこの身体に残るお姉さんとの思い出を天秤に掛け、グッと唇を噛みしめる。


 意を決した私は髪留めを拾う。

 その動きを見せた瞬間に熊は怯んだ様子を見せていた。


 私と髪留めを見比べている様子。

 でも、私はそんなこと気にしている余裕もなく、拾った瞬間にその場から駆けていた。


 意識を熊に向けずにひたすら、闇雲に逃げていく。


 しばらく走ったあと、あまりにも必死だったからか、足元に転がっているものに気づかず、躓いて地面に顔から突っ込んでしまう。



「いたたっ……。何が……」



 赤く染まった鼻頭を撫でながら起き上がる。

 そこには先ほど襲ってきた兵士が倒れていた。

 鎧は強い衝撃を受けたのか、大きく変形している。

 既に事切れているようで、息をしていない。



「うっ」



 その場にうずくまり、胃の中のものを吐き出してしまう。

 記憶の中でも見たことのない光景。

 当然ながら前世でも一度も見たことがない。


 気持ち悪くなって吐いてしまうのも仕方ない。


 ひとしきり吐き終えたあと、熊のことを思い出す。



「そ、そうだ……。逃げてたんだった……」



 よろよろと起き上がると周囲を見渡す。

 熊の気配はまるでなかった。



「助かったの……?」



 とても逃げ切れるとは思わなかった。



「もしかして……」



 そっと髪飾りを触れる。



「そっか……。ありがとう、お姉さん……」



 少しだけ黙祷をしたあと、私は兵士へと近づく。

 正直、あまりやりたくはない。

 しかし、突然襲ってきた相手の情報を得ることは必要だし、武器となるものを手に入れる必要があった。

 しかし――。



「うぐっ……、重い……」



 まず目についた剣を持とうとしたのだが、想像以上に重たくて全く持ち上がらなかった。

 そういえば、実物の剣は意外と重たいと聞いたことがある。

 大人でも重たいなら子供の私が持てるはずもない。


 早々に剣は諦めて、他に武器となりそうなものを探してみる。

 すると、腰に携えられてた短剣を発見する。


 ちょっと重たいものの、それなら持つことができた。


 何もないよりマシだよね。


 その他に何かないかと探していたら髪留めと似た小さな石を大切そうに持っていた。



「なんだろう、これ……」



 触れようとした瞬間に石が黒く光り輝き手を引っ込める。


 な、なにこれ……。嫌な感じ……。


 背筋がゾッとして後退りをする。



「なんだ、触れないのか?」

「っ!?」



 突然後ろから声をかけられ、思わず振り返る。

 するとそこには背の高い黒髪をした男性が腕を組み立っていた――。

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