可愛い妹からお願いされても叶えられません
アンネマリーから誕生日会の招待状が届いた。
婚約は解消したとはいえ、家同士の付き合いもあるし、出席しても差し支えないだろうかと悩む。
父と母は、婚約解消後もノイヴィル伯爵夫妻と相変わらず親しくしていた。
「まあ、子どもたちのことは子どもたちで勝手にやればいいじゃないか」
そんな調子で、両家とも当事者の気持ちにあまり頓着がない。
(どう考えても“子どもたちのこと”にしていい内容じゃありませんわよ……)
と、イルゼが頭を抱えていた矢先――。
「イルゼ、ノイヴィル伯爵家の誕生日会、出るんだろ? 返事、もう出しといたぞー」
呑気な父の一声に、悩みが一瞬で吹き飛びそうになる。むしろ怒りに転じそうだ。
「……出席します。ただし、わたくしは“アンネマリーの友人”として伺います。ノイヴィル家の元婚約者としてではなく」
「ふーん? そうなのか。まあ何でもいいさ。贈り物、何がいいか考えておかないとなあ」
ほぼ無風のような父の反応に、イルゼは一瞬真顔になる。
(この人、どうして今でも上級貴族でいられるのかしら……本当に不思議)
そう思いつつも、イルゼはふと視線を落とした。
しかし時に、自分にはない父や母のような“お気楽さ”を、ほんの少しだけ羨ましく感じるのだった。
――さて。
イルゼはため息混じりに気持ちを切り替えると、アンネマリーの誕生日会に向けて贈り物とドレスの準備に取りかかった。
***
よく晴れた昼下がり。
ノイヴィル伯爵家の広々とした中庭では、アンネマリーの誕生日会が盛大に催されていた。
白地に薄桃色のアクセントが施された可憐なドレスは、十三歳という年頃の幼さを残しながらも、彼女の愛らしさを一層引き立てている。
庭には次々と招待客が訪れ、それぞれに祝福の言葉と、心尽くしの贈り物を手渡していく。
可憐な包装紙や、工夫を凝らしたリボン――どれもがまだ若いアンネマリーのために選ばれた、丁寧な気持ちの表れだった。
「アンネマリー、お誕生日おめでとう」
レオンがそう言って差し出したのは、小さな可愛らしい箱に入ったブローチ。
イルゼと一緒に選んだブローチだ。
「まあ、お兄様……ありがとうございます!」
アンネマリーは嬉しそうに小首を傾げ、満面の笑みを浮かべた。
その様子に、レオンも自然と穏やかな笑みを返す。
――イルゼには、決して見せたことのない柔らかな表情だ。
「つけてあげようか」
レオンがそう言ってブローチを手に取り、アンネマリーの胸元へと優しく添えた。
「似合うかしら?」
「もちろんさ。とてもよく似合ってる」
「ありがとう、お兄様」とアンネマリーは、レオンの頬に小さなキスを落とした。
アンネマリーにキスされたレオンは、心底嬉しそうに彼女の頭をそっと撫でた。
その姿は、かつての婚約者としての――まだ“まともだった頃”のレオンと何ら変わらない。
懐かしさとともに、今の自分にだけ見せる異常な熱量とのあまりの落差に、イルゼは改めて薄ら寒いものを覚えた。
その時――。
「イルゼ様!来てくださったのね!」
イルゼを見つけたアンネマリーが、弾けるような笑顔で駆け寄ってくる。
「アンネマリー様。お誕生日おめでとうございます」
イルゼが優雅に淑女の礼を取ると、アンネマリーも嬉しそうにふわりとスカートを摘み、可憐に応じた。
「……正直、いらしてくださらないのではと不安でしたの。お兄様と……その……婚約を解消されたでしょう?」
うるんだ瞳で心細げに見上げてくるアンネマリー。その表情は、自然と“守りたい”という気持ちを呼び起こす可憐さに満ちている。
かつてはこの可愛い少女を義妹として守りたいと心から思っていたのだ。
だが、次の瞬間――。
「大丈夫だよ、アンネマリー」
レオンが口を挟んできた。
イルゼに向けるそれとは違う、柔らかい笑みを浮かべながら。
「僕の軽率な発言で一度は解消になったけど、僕はまたイルゼと婚約したいと思ってるんだ」
――出た。
いけしゃあしゃあと、また自分勝手なことを。
イルゼは冷ややかな視線を向けたが、当のレオンはどこ吹く風だ。
「えっ……そうなのですか、イルゼ様?」
アンネマリーが嬉しげにこちらを見上げてくる。
その上目遣いの破壊力たるや、否と答えようものなら“悪者”になりそうな気さえしてくる。
だが――ここで曖昧な返事をしてはレオンの思う壺だ。
「……婚約解消を撤回するつもりは、今のところございませんわ」
きっぱりと告げるイルゼ。だが、その声は柔らかく、優しい笑みを添える。
「けれど、アンネマリー様のご友人としてこれからもお邪魔させていただきます。もしご迷惑でなければ、ですが」
アンネマリーの顔がぱっと華やいだ。
「もちろんですわ! それはとても嬉しいです!」
アンネマリーが満面の笑みで声を弾ませた瞬間――、
「ってことはつまり、我が家に遊びに来てくれるってこと? 嬉しいなぁ」
横からレオンが割り込んで、照れくさそうに頬をかきながら言った。
――誰があなたのために行くと言ったのかしら。
イルゼは心の中で深くため息をついた。
(決して、エリオット卿に会いに行くのではありませんわ。……絶対に、勘違いしないでくださいませ)
そのまま顔には出さず、にっこりと笑みを浮かべる。
けれど、視線だけはレオンに向けることなく、アンネマリーへと注がれていた。




