薔薇の花束くらいで許しません
毎朝毎朝、飽きもせずレオンが屋敷の門を叩く。
真っ赤な薔薇に、チューリップ、アネモネ――今日は何の花かと、もはや家の者が賭けを始めたほどだ。
父と母に「なぜ通すのか」と尋ねると、
おっとりした二人は「まあ、花に罪はないしねぇ」と、どこか呑気な返事をよこした。……本当にこの家はどうかしている。
帰る気配がまったくないので、しぶしぶ花だけ受け取る。とはいえ堪能する気にもなれず、すぐに近くのメイドに押しつけた。
しかしレオンは、それだけで満足らしい。花を渡せたというだけで、今日も“進展があった”とでも思っているのだろうか。
婚約中は、誕生日や式典に義務的に渡される程度だったくせに。この変わりようは、いったい何なのだろう。
……まさか、決闘で受けた傷が原因で、頭でも打ったのだろうか。
「君は白百合のような人だから、明日は白百合にしようか。いや、でもヒマワリもいいな……そうだ、白百合とヒマワリの組み合わせなんてどう?」
そんなことは、聞きたくない。というか、花束はいらない。帰って欲しい。
「約束どおり、白百合とヒマワリ――それからアネモネで花束を作ってきたよ。
見て、ほら。この白百合は君だ、イルゼ。君はどこまでも高貴で、美しい。
そして君を見つめるヒマワリは僕だ。アネモネは、君を愛しながら見捨てられた僕の心を表しているんだ」
――約束などしていない。それに、なんだその躁と鬱が同居した花束は。
「……ヒマワリと白百合では、まったく調和しませんわ」
暗に、“あなたと私は合わない”と伝えたつもりだったが、レオンはどこ吹く風。
かすかに哀しげな微笑みを浮かべ、「今はヒマワリでも、いつかアンスリウムになって、君に情熱を届けるよ」などと抜かしてきた。
――情熱なら、少し黙っていてほしい。
「今日はね、カスミソウと赤い薔薇、それから黒チューリップにしたんだ。僕の思いを受け取ってほしい」
カスミソウの“清らかな心”と、黒チューリップの“闇を感じる執着”を同じ花束に入れる神経が、どうしても理解できない。というか、普通に怖い。
「黒チューリップは、あまり好きになれませんの。お返しします」
そう言えば、レオンは一歩も引かぬ顔で――むしろ嬉しそうに微笑んで、こう言った。
「黒チューリップは、まるで僕の決意そのものなんだ。……覚えておいて」
本当に、やめていただきたい。記憶に残す気など毛頭ないのだから。
ある朝のこと。目を覚ました瞬間、むせ返るような薔薇の香りが鼻を突いた。
「……何かしら、これ」
嫌な予感がして部屋を出ると、廊下ではメイドたちがあたふたと駆け回っていた。朝から大騒ぎである。
「どうしたの?」
声をかけると、最年長のメイドが血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。
「まあ、お嬢様! 実はノイヴィル男爵様が――その、玄関を埋め尽くすほどの薔薇をお持ちになりまして……花瓶が、花瓶が足りませんの!」
耳を疑った。
うちは伯爵家、それなりに広い屋敷だし、花瓶も普段なら余るほどある。
それなのに「足りない」とは、どれほどの数だというのか。想像するだけで頭痛がしてくる。
恐る恐る玄関へ向かうと、そこに彼はいた。
「やあ、イルゼ。おはよう」
日差しを背負い、薔薇の海の中央でにこやかに立つ男――レオン・フォン・エリオット男爵。
「……おはようございます、エリオット卿」
ノイヴィル伯爵家の嫡男である彼は、形式上“エリオット男爵”の称号を持っている。
その肩書も、本人の浮ついた態度も、朝から目にしたくはなかった。
「また、前のように“レオン”と呼んでくれたら嬉しいな」
甘えるように言われたが、イルゼは微笑みを崩さずに応じた。
「その申し出はありがたいですが――誤解を招いてはいけませんので、エリオット卿とお呼びいたしますね」
にっこりとした表情は社交界仕込みの完璧なものだった。
レオンは、肩をすくめ、子犬のように眉尻を下げてみせる。
――それにしても、薔薇の花が嫌味なくらい似合う男である。
まるで自分自身が“捧げられる薔薇”だと信じ込んでいるかのような立ち姿だ。
朝食前に見るものではない。胃がもたれる。




