大団円など許しません
「お嬢様――! また、また玄関に大量の薔薇の花が……っ!」
朝もまだ早い時間、焦った様子のメイドがイルゼの部屋に駆け込んできた。
「――またなの!?」
寝起きの頭が一気に覚める。むせ返るような薔薇の香りが、すでに廊下まで漂っているではないか。思わず目眩がした。
急ぎ足で玄関ホールへ向かうと、そこには――
床一面に敷き詰められた真紅の薔薇。その中心に、完璧な正装姿のエリオット卿レオンが立っていた。
「誕生日おめでとう、イルゼ」
微笑みながら差し出された一輪の薔薇。それがまるで舞台の一幕のように決まりすぎていて、逆に腹が立つ。
「……朝食前にこれ、やめてくださらない? 胃がもたれます」
吐き捨てるように言ったイルゼの言葉は、けれどレオンには微笑みで受け流された。
「それでも、君に花を贈りたかったんだ。世界で一番、君が薔薇に似合うと思うから」
「――もう……」
呆れを通り越して眩暈すら覚えるイルゼ。
が、そのとき――。
「イルゼー! 見たわよ! レオン君ったら素敵〜!」
「花束がハート型になってるのね! 前よりレベルアップしてるわ!」
嵐のような勢いで両親が現れ、イルゼの一言はあっさりかき消される。
「……誰か、私の静かな朝を返して」
イルゼはそう呟きつつも、頬にはかすかに笑みを浮かべていた。
階段を静かに下りながら、再び「再婚約者」などというややこしい肩書を持つレオンのもとへ向かう。
玄関ホールには、相変わらずむせ返るような薔薇の香りが充満していた。その中心で、レオンは爽やかな笑顔を浮かべて立っている。
「誕生日おめでとう、イルゼ」
黄色味がかった柔らかな金髪に、朝日が差し込みきらきらと輝いている。緑の瞳は迷いなく、まっすぐイルゼだけを見つめていた。
こんなに絵になる男でなければ、ただの迷惑行為だったかもしれない――と、イルゼは内心でため息をつく。
「レオン様……いい加減になさってください」
控えめにそう言った彼女の声も、背後からやってきた両親の大騒ぎにかき消される。
それらを振り切って、レオンがイルゼの前に一歩踏み出した。
「イルゼ、これは誕生日の贈り物だ。受け取ってくれる?」
差し出されたのは、見覚えのある包装紙に包まれた小さな箱。彼女のお気に入りの店のものだった。
「……何かしら?」
「ここで開けてくれ。……君に着けたいんだ」
イルゼは少しだけ眉をひそめながら、慎重にリボンをほどき、包装を解いた。
中に入っていたのは、細い金のチェーンに淡い黄緑色の宝石があしらわれたネックレス。まるで――彼の髪と瞳をそのまま封じ込めたような色合いだった。
「……ネックレスね」
どこか不穏なものを感じる。可憐なデザインなのに、その色合いが“レオンそのもの”に思えて、執着心が形になったようで――少し、背筋が冷える。
「これで、君が僕のものだと、誰の目にも明らかになる」
いつもの爽やかな笑顔でそんなことを口にする彼に、イルゼは頭を押さえたくなった。
「……頭が痛いわ。再婚約、やっぱり少し早まったかもしれない」
そんな呟きにも、レオンは「えっ、どうして?」と本気で不思議そうな顔をして首を傾げる。
まったく、どこまでもマイペースで、どこまでも真っ直ぐな人だ。
けれど――彼の手のひらに乗ったネックレスは、朝日に照らされて優しく輝いていた。




