認めたくありません
イルゼは静かに自室の引き出しに手を伸ばし、久々に掛け金の鍵を外した。小さな「カチリ」という音とともに、古びた日記帳が姿を現す。
それは、イルゼの心にしまわれた記憶そのものだった。
次に、彼女はもう一つの引き出しから、そっと小さな布袋を取り出す。中には、かつてレオンから贈られた髪飾りが入っていた。艶を失いかけた金糸の飾りは、時の流れを物語っている。
彼の記憶とともに、イルゼの未練も、そこに確かに存在していた。
彼女は日記帳の上にそっと髪飾りを置き、それらを机の上に並べる。見ないようにしてきた、けれど本当はずっと心の中にあったものたち。
――本当はずっと、レオンのことが好きだった。
初めて出会った日から。婚約者として紹介された、あの瞬間から。
彼の整った顔立ちに惹かれたのは事実だ。でも、それだけじゃない。
笑うときの目元の皺や、チェスについて夢中で語るあの横顔――。
そうした些細な仕草のすべてを、イルゼは心から愛おしいと感じていた。
美しい彼の隣に立てるようになりたくて、美容にも教養にも、イルゼなりに努力してきた。
幸運にも彼は親が決めた許嫁だった。恋していい相手だった。
きっと、彼だって自分と同じように、いつかは――と、未来を見てくれる日が来る。
そう信じていた。
彼はまだ少年で、恋よりも友人と過ごす時間を大事にしていたけれど、それも受け入れていた。
それで良かったのだ。
「いつか、夫婦になれば」
「きっと、彼も振り向いてくれる」――そう信じていた。
ずっと、待つつもりだったのだ。
ただ、彼がこちらを“見る”その日まで。
すべてが壊れたのは、彼の――あの一言だった。
「イルゼをどう思ってるかって? あんな退屈でつまらない女、今すぐ婚約なんて破棄したいくらいだよ」
若さゆえの軽口、友人に向けたただの悪ふざけだと、頭ではわかっていた。
けれど、長い間、誰にも知られず抱き続けてきた恋心に疲れ果てていた心は、もう、そう簡単には言い訳を受け入れてはくれなかった。
聞かなかったふりをしていれば、きっと今も彼は「婚約者」として、隣にいただろう。
けれど――もう、この恋に終止符を打ちたかった。
あの日、決闘の相手はレオンではなかった。
わたくしが戦ったのは、レオンに恋をしていた“過去のイルゼ”自身だった。
そして、あの一瞬――わたくしは、そのイルゼを斬り捨てたのだ。
なのに、今になって彼は、その“過去のイルゼ”を殺したこのわたくしを「好きだ」と言う。
……そんなこと、許せるはずがない。
彼女がどれほど泣いていたかを、知らないくせに。
レオンへの未練が、いつまでも彼に対する態度を曖昧にしていた。
それは、わたくしの甘さであり、怠慢だった。
――けれど、いまだに胸の奥でくすぶり続ける“過去のイルゼ”の幻影は、なおも囁く。
「彼を、好きでいてもいいのでは」と。
その象徴が――机の上にある、古びた日記帳と、金糸の髪飾り。
この手でそれらを捨ててしまえば、幻影も、過去も、未練も、すべて消える。
わたくしは、ヴァイセンベルク伯爵家の令嬢。
こんなところで足踏みをしていてはいけない。
顔を上げて、前に進まなければ――。




