騙すような真似をしないでください
仮面の男との楽しいひとときに酔いしれ、イルゼはすっかり――結婚相手を探すという本来の目的を忘れていた。
「……あの、貴方のお名前を伺ってもよろしいかしら?」
多少、顔立ちが冴えなくても、痣があっても構わない。また会いたい。そう思える相手だった。
だが――
「……名乗るほどの者ではありません」
返ってきたのは、芝居がかったようなセリフ。だが、その声音には、どこか聞き覚えがあった。
「え? でも結婚相手を探しに来られたのでしょう? 名前くらいは……」
胸の奥にひっかかっていた違和感が、確信へと変わる。
イルゼはわずかに眉をひそめながら、男の仮面へと手を伸ばした。
「あ……待って、それは……」
彼の制止を振り切り、仮面を外す。
現れたのは、あまりにもよく知る顔だった。
「……何してるのよ、エリオット卿」
バツの悪そうに俯くレオン。言い訳を探す子どものように、口を開いた。
「……馬鹿にするつもりなんてなかった。ただ、君が結婚相手を探しに行くって聞いて、いてもたってもいられなくて……。君の叔母様に頼み込んで、こっそり参加させてもらったんだ」
「……ふうん」
「結婚相手を探しに来たのは本当だよ。君を……探しに来たんだ」
――呆れて、言葉も出ないとはこういう時のことを言うのだろう。
「君が好きなんだ、イルゼ。あの日、決闘で負けた瞬間から――ずっと、君のことが……」
その言葉を聞いた瞬間、イルゼの心に氷のような静けさが広がった。
はたから見れば、胸を打つような愛の告白に聞こえるかもしれない。
けれど、彼はやっぱり何もわかっていない。
イルゼが本当に欲しかった言葉も、向けてほしかった視線も――レオンは、どれひとつとして届かせてはいない。
「……帰ります。エリオット卿、貴方には心底失望しました。二度とお会いしたくはありません」
「……イルゼ」
初めての明確な拒絶にレオンは戸惑いを隠せなかった。
だが、レオンにはイルゼがなぜそこまで怒っているのかわからない。
知らなくてはいけない、それだけはレオンにも理解できた。




