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第四話 やさしい朝ごはん

 目覚めた途端、激しい頭痛に襲われ、目の前がぐるぐると回転する気持ちの悪さに、涼風はトイレへと駆け込んだ。

 胃袋の中身を全部吐きだしたが、ほとんどが液体だった。固形物がないところを見ると、また酒ばかりを飲んでしまったらしい。記憶にはない。帰宅した記憶もない。

(あ~、森川先輩に謝んないと……)

 確実に迷惑をかけてしまった。

 入社したばかりの頃、歓迎会の席で酷く酔ってしまい、家まで送ってくれたのが森川先輩である。そのときからもう三年も経つというのに、年に何回かはこうして記憶も意識も飛ばしてしまうほどに酔ってしまう。そのたびに反省に反省を重ねているのだが、どうにも改善はされていないようだ。

「起きた? 大丈夫?」

 背後から声をかけられ、ゆっくりと振り向けば、濡れたタオルを差し出された。それを受け取って、口と顔を拭く。ほっと息を吐いたところで、今度は水の入ったグラスを渡された。一気に飲み干せば、喉も意識も潤ってくる。

「おはよう、達海」

「おはよう、涼風」

「居てくれたんだな」

「呑み会って言ってたからね。待ち伏せしてた」

「待ち伏せって……、ありがとう」

「久しぶりに森川さんに会ったよ。元気そうだね」

「うん。ずっと元気だよ。いっぱい叱られて、いっぱい褒められて、良い先輩すぎてさ。来年、昇進したら部長になると思う」

「正式に上司っていうのになるんだ?」

「うん。追い出されないように俺もがんばんないと」

「今回のプロジェクト? で、涼風もたくさんがんばってくれたって言ってたよ。おつかれさま」

「そんなこと話してたの?」

「だから飲み過ぎたんでしょ。寝てていいよ」

 達海がタオルとグラスを引き取ってくれたので、涼風はトイレから四つん這いのまま出るとその場で寝転がった。畳の感触にほっとしながら、天井を見つめた。

 確かに昨夜の呑み会は、今回のプロジェクト成功の祝賀と慰労を兼ねたものだった。他部署との共同プロジェクトでもあり、その繋ぎ役を主に人手が少ない中、何でも係として、できることは全部やり尽くしたこともあり、達成感は今まで以上にあった。それでも反省する点ばかりがあふれてきたせいで、溜め込んでいたあれこれをぶちまけてしまったような記憶がおぼろげにある。

「ごはん、食べれそう?」

 天井への視界を遮るように覗き込んできた達海が、いつもよりずっとかわいらしく見えるのは、まだアルコールが残っているせいなのかもしれない。

「キスしてくれたら」

「涼風の食欲、単純すぎるね」

 そう言って笑いながら、ちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。

 達海はずっとやさしい。

 甘やかされるたびに、愛されてると知る。

「焼き鮭の香りがする」

 水分を補給して、身体全体が落ち着いたところで、ようやく部屋の中を満たす、食欲をそそる匂いに気がついた。

 味噌汁と鮭の焼けた匂い。

 一気に空腹感に襲われたところで、腹の虫が鳴った。

「ごはんと味噌汁と焼き鮭。梅干しとたくあんもあるよ」

「旅館の朝食じゃん」

「納豆もいる?」

「いる!」

 起き上がると座卓の上には、すでに朝ごはんの準備ができていた。

 達海が冷蔵庫からパックのままの納豆を持って戻ってくると向かいに座った。

「うまそう!」

 寝て、起きて、達海がいて、朝ごはんが用意されていることに、幸せを噛みしめる。

「いただきます」

 声をそろえて、手を合わせ、そうして一口飲んだ味噌汁は、本当においしかった。



終わり

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