第8章「湯けむりゾンビと、ぬるめの真実」
温泉。
それは日本人の魂。
終末世界でも、人は(ときどきゾンビも)湯に浸かりたい。
俺は脱衣所で、タオル1枚の姿に震えていた。
「なんでまた、こうなるんだ……」
ヒナ(妹)が風呂桶を抱えて言った。
「だって兄貴、疲れてるでしょ?ゾンビたちも“愛の特訓で汗かいた”とか言ってるし。みんなで温泉、行くっきゃないでしょ!」
「ゾンビって汗かくのかよ!!てか混浴!?混浴かこれ!!」
案の定、湯けむりの向こうから見覚えのあるシルエットが現れた。
「レイジ〜! 一緒にあたたまろ〜♪」
「お前か!!絶対お前だクラリッサ!!」
彼女は浴衣(なぜか背中が破けている)姿でつかつかと近づいてくる。
湯けむりの中、ゾンビ美女たちが背後にずらりと並ぶ。
・軍人ゾンビ、頭にタオルを三角折り。
・元アイドルゾンビ、湯船でポーズ決め中。
・保育士ゾンビ、桶で脳みそ洗ってる。
「なんでみんなリラックスしてんだよ!!!お前ら終末世界感ゼロか!!」
そんな混浴地獄で、クラリッサが静かに呟いた。
「レイジ……ワタシ、思い出したこと、ある」
「え……?」
クラリッサが、珍しく真面目な顔だった。
「ゾンビになった時のこと。……少し、思い出したの」
――数年前。
彼女は“ある医療研究機関”で働いていた。
表向きは再生医療、裏では「死者の蘇生実験」が行われていた。
クラリッサは優秀な研究員であり、志願して被験者になった。
恋人が事故死したことがきっかけだったらしい。
「……でも、ワタシ、死んだ。実験、失敗だった。でも、目が覚めたとき――レイジ、見たの」
「えっ、ええ!?」
「レイジ、研究員の一人だった。ワタシ、ずっと見てた。……笑ってたレイジ、好きになった」
俺は頭が真っ白になった。
「ちょ、待って、俺!?研究員!?そんな過去、ないぞ!?俺、フリーター歴10年で、最新の医療なんか針すら触ったことないぞ!?」
「でも、アナタの顔、夢で何度も見た。たぶん、“記憶操作”されたかも。ワタシの、愛だけ残った」
「都合よく残るなよ!!ゾンビの執着ってすげぇな!!」
その時――浴場の隅のモニターが起動する。
《ようこそ、被験体No.6。計画は、まだ終わっていない。》
謎の音声が響く。
ヒナが湯船から顔を出す。
「No.6……お兄ちゃんのことじゃない?」
「おい待て、俺、なんかの人体実験参加者だったのか!?」
クラリッサ:「やっぱり、レイジ、特別。運命、つながってる」
「怖ぇぇぇぇぇぇ!!!つながり方が怖ぇぇぇよぉぉぉ!!!」
そのとき、外から爆発音。
「ゾンビ狩り部隊だ!男を確保しろ!!ゾンビはすべて焼き払え!!」
――戦闘開始。
浴衣のまま戦うクラリッサ(湯気で髪ふわふわ)、
桶を武器にするヒナ(超強い)、
脳スープをかけて攻撃するマイちゃん(味で溶かすタイプ)
俺:「頼む!俺に平穏な入浴時間をくれぇぇぇぇ!!!」
◆
騒動の末、なんとか敵は撤退。
温泉はボロボロになったけど、クラリッサが一言。
「レイジ。ワタシの秘密、もっと知りたい?」
「……ちょっとだけなら、知ってもいい」
その時、クラリッサが優しく微笑んだ。
「じゃあ、次は……“最初に会った場所”へ、行こう?」
俺は、何かが動き出したのを感じた。
恋?運命?ゾンビウイルス?
どれも怖ぇぇぇぇぇ!!