第13章「ゾンビ・レクイエムと、偽者の逆襲」②
――この世界に、本当の“正しさ”なんてあるのか。
俺は、傷だらけの体で瓦礫を蹴り飛ばしながら、走っていた。
目的地はただ一つ。中央制御塔。
そこに、ヒナがいる。
そして、クラリッサも。
「遅れた分、取り戻してやる。逃げてた俺が言うのもアレだけど、今さら後悔してる暇はねぇ!」
途中、街の様子が異様だった。
瓦礫の中に、ゾンビたちが座って手紙を書いていた。
「好きな人へ」と宛名に書かれたラブレター。
バレンタイン・ゾンビ型の仕業だ。
その隣では、謎のゾンビが路上ライブを始めていた。
「あい〜〜して〜る〜〜ゾ〜〜〜〜ンビ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「うるせぇ!!!」
マイクをぶん投げて逃げた俺の背後で、「ゾン美応援団」が旗を振っていた。
「レ〜イジ先輩!ファイトですわ〜〜〜!!ゾンゾンぞぉ〜〜ん!!」
「推しには命投げられる女、ゾン美ちゃんですぅ♡」
……なにこの地獄。
でも、この異様な状況を見て、俺は思った。
こいつら、感情がある。笑って、悩んで、恋してる。
ゾンビだって、生きてるんだ。
「だから、お前らの生き方を否定させねぇよ。ヒナにも、世界にも!」
◆◇◆
その頃、中央制御塔の地下。
クラリッサは、仮眠状態から徐々に意識を取り戻していた。
《ゾンビ制御信号・同期率75%》
《脳波安定――だが、感情中枢に異常発生》
「……レイジ……」
その名を口にした瞬間、クラリッサの中で記憶が炸裂した。
レイジと過ごした日々。
追いかけた背中。
キスしたふりして、実は鼻をつまんでたこと。
ポッキーゲームで勝ったのに照れて倒れた夜。
どれもこれも、どうでもよくて、でも愛おしい思い出。
「ワタシ……ただのゾンビだったのに……。
レイジのそばにいたかっただけ……」
その想いが、彼女の体を変え始めた。
《進化形態発動――レクイエム・ゾンビモード》
彼女の白い肌に金色の文様が走り、背後に光の翼のようなエフェクトが現れる。
瞳が黄金に輝き、口元には、ほんの少し笑みが戻った。
「レイジ。もう一度……会いたい」
◆◇◆
中央制御塔、上層。
ヒナは冷徹な目でモニターを見つめていた。
Dr.ミナミ:「レクイエム個体、覚醒確認。クラリッサちゃん、美しいわ……。
……でも、制御できなきゃ、意味がないのよ?」
ヒナ:「問題ありません。
クラリッサは“愛”という不安定な動機で動いている。
感情で世界を動かすことが、どれだけ愚かか――兄貴にも、教えてあげないと」
Dr.ミナミ:「本当に……それが“正しさ”だと思ってる?」
ヒナは一瞬だけ、モニターを見つめる。
そこに映る、レイジの姿。
瓦礫に足を取られ、ゾン美たちに追いかけられ、
抱きつかれながらも「やめろー!」と叫びながら前進していた。
ヒナ:「バカな人間です。……でも、バカな兄貴がいたから、私は生まれた」
ミナミ:「あら、それ、ちょっと愛よ?」
ヒナ:「違います。……これは、否定です。彼を否定することで、私は完成する」
Dr.ミナミは笑った。
「ふふふ……楽しみね。
本物になろうとする“偽物”と、
本物を壊すために生まれた“理想”。
どちらがこの世界を変えるのか――見届けるのが、科学者の特権ね♡」
◆◇◆
レイジは、制御塔の前にたどり着いた。
だがそこに待ち構えていたのは、
新たに進化したゾンビたちだった。
「ようこそ、レイジさま!我ら“愛の四天王”、あなたの愛を見極めるためにここに立ちました!」
「誰だよお前らああああああ!!?」
四天王は次々と名乗りを上げる。
第1の愛:メロドラマ・ゾンビ(昼ドラ展開で愛を叫ぶ)
第2の愛:ツンデレ・ゾンビ(おでこのキスで攻撃力UP)
第3の愛:尽くし型・ゾンビ(炊飯器からご飯を発射)
第4の愛:メンヘラ・ゾンビ(LINEで既読無視されたと泣く)
「貴様にふさわしい愛はどれか、確かめてもらう!」
「いや試すな!?俺の愛の指標そんなにおかしくねぇよ!?」
レイジ:「てか、なんで全員女子型なんだよ!?男子ゾンビの権利どこ行った!?」
通行人ゾンビ:「ここにおりまーす(泣)」
ゾンビたちは、クラリッサとレイジの関係を知っていた。
それを見た上で、「この人間は本当にクラリッサを幸せにできるのか」を問おうとしていたのだ。
レイジは、胸に手を当てた。
「幸せにできるかなんて、俺にもわかんねぇよ。
でも、諦めることだけは……絶対にしねぇ」
その言葉に、四天王ゾンビたちが微笑んだ。
「通ってよし!」
「え、試練軽くね!?」
「やっぱ愛は勢いなんですよね〜〜〜〜♡」
その瞬間、空が裂けた。
空中に、黄金の翼を携えた少女が舞い降りた。
「――レイジ!」
クラリッサだった。
レクイエム・ゾンビとして覚醒した彼女は、強さと美しさを纏いながら、地上へと降り立った。
レイジは彼女を見て、ただひとこと。
「……お前、なんか……強キャラっぽいな……?」
クラリッサは涙ぐみながら、微笑んだ。
「レイジが、来てくれたから……ワタシ、怖くなくなった。
一緒に……終わらせよう。この、終末を」
◆◇◆
そして、ついに――
レイジ、クラリッサ、愛に目覚めたゾンビたちの連合軍は、
中央制御塔へと突入する。
そこに待ち構える、ヒナ。
「来たね、兄貴。愛だの、感情だの……そんな不完全なもので、私に勝てるとでも?」
レイジは、答えた。
「違う。勝ちたいんじゃねぇよ」
「俺は――“お前を救いたい”んだよ、ヒナ」
その言葉が、ヒナの心に小さなヒビを入れた。
ーーーー
ヒナ:「あなたは……“本物”になれなかった」
中央制御塔・最上階。
銀の髪を揺らしながら、ヒナは虚ろな目でレイジを見つめていた。
クラリッサはレイジの隣に立ち、レクイエム・ゾンビとして黄金の翼を揺らしている。
その背後には、なぜかテンションが異様に高いゾン美応援団が整列していた。
「レ〜イジさまァァァァァ!惚れてまうやろーッ!」
「クラリッサ様もイイ女〜〜〜ッ!推しが並ぶって尊すぎて死ぬ〜〜〜!」
「もう死んでるけどな!」
\ゾンゾンぞーん!/
レイジ:「やかましいわ!」
ヒナ:「……騒がしいですね。無駄に活気があって、制御不能な世界。
こんな世界は、私が終わらせるべきなんです」
そう言うと、ヒナの背後から黒い霧が噴き上がった。
その中心から現れたのは、巨大なゾンビ兵器――
“Z.A.R.I”(ゾンビ・アンドロイド・レギオン・イミテーション)。
レイジ:「うわー、絶対ラスボスじゃん!
これに勝てって? ていうか名前読みにくっ!」
クラリッサ:「Z.A.R.Iは……ヒナの設計思想そのもの。
すべてを“制御”するために生まれた、ゾンビと機械の融合兵器……!」
ヒナ:「彼らの“愛”はエラーです。
私はそれを、全て“上書き”する」
その瞬間、Z.A.R.Iが大量のゾンビ信号を発した。
空が濁り、街のゾンビたちが暴走し始めた……かと思いきや、
ゾンビA:「……え、指示……うざ……」
ゾンビB:「俺の推しクラリッサなんで、ちょっと無理っすわ」
ゾン美:「レイジさまの笑顔に比べたら、命令とか無意味ですわ!」
まさかの拒否反応。
ヒナ:「……信号、弾かれてる?まさか……」
クラリッサ:「“感情”で繋がってるゾンビには、
もう強制信号は届かない。みんな……心で生きてるのよ!」
そのとき、Z.A.R.Iが咆哮を上げて暴れ出す。
レイジ:「おいクラリッサ! あれどうにかできるのか!?」
クラリッサ:「理論上は、ワタシの《レクイエム・ソング》で制御可能……でも、
成功する確率は3.14159%、つまり――」
レイジ:「パイ!? いや、どっち!? 食べるやつ!? 数学!? どっち!?」
クラリッサ:「3%くらいってこと!」
レイジ:「わかりづれぇえええええ!!」
その間にもZ.A.R.Iの攻撃が始まった。
高層ビルをなぎ倒し、レーザーを放ち、ゾンビたちを「再制御対象」としてロックオンする。
ヒナ:「止められるものなら、止めてみなさい。
これは“本物の世界”を築く力。あなたたちの“愛”なんて、統計にすら残らない幻想よ」
クラリッサ:「じゃあ――幻想が、現実を超える瞬間、見せてあげる!」
そう言って、クラリッサは空へ舞い上がり、
《レクイエム・ソング》を奏で始めた。
透き通るような歌声が、廃墟となった世界に響く。
ゾンビたちの心が、共鳴した。
ゾンビA:「……懐かしい……この声……」
ゾンビB:「オレ……生きてた頃……恋してたなぁ……」
ゾン美:「わたし、今も恋してる♡ レイジさまぁ♡♡♡」
レイジ:「今のとこ全部お前の話やないか!!」
しかし、その歌は確かに――
Z.A.R.Iの動きを、一瞬止めた。
ヒナ:「……バカな……解析不能な……音……?」
Dr.ミナミ(通信):「ヒナ、これは“愛”よ。あなたは“計算式”で全てを理解しようとした。
でもね、愛は時々、“想定外”になるの。だから尊いの」
ヒナ:「想定外なんて……不要……私はただ、兄貴に認められたかっただけなのに……!」
レイジ:「ヒナ……!」
レイジはクラリッサの背に乗り、空へと飛び上がる。
Z.A.R.Iに突撃するその姿は、完全にファンタジーRPGのラストバトル。
クラリッサ:「レイジ、今、ワタシの中に“愛のエネルギー”が満ちてる!」
レイジ:「俺、そういう話急にされると照れるぞ!?」
クラリッサ:「照れてる暇ない!“あの技”使うわよ!」
レイジ:「あの技!? 今初めて聞いたけど!?」
クラリッサ:「レクイエム・ラブ・ブレイクッ!!」
黄金の光がZ.A.R.Iを貫いた。
そしてZ.A.R.Iは、静かに動きを止め、爆散した。
その爆発は、どこか優しい音だった。
◆◇◆
戦いは終わった。
中央制御塔の最上階、ヒナは崩れ落ちるように座り込んだ。
レイジがそっと近づく。
レイジ:「なあ、ヒナ。
“偽物”だからこそ、誰かの“本物”になれることもあるんじゃねぇの?」
ヒナ:「……うるさい。
兄貴のそういうところ、嫌いだった。
でも……少し、だけ。羨ましかった」
レイジ:「なら、これからはその“少し”を大事にしていこうぜ。
偽物同士、な」
ヒナ:「……兄貴も、結構バカですよ」
クラリッサ:「バカ同士、似た者兄妹ってことですね♡」
ゾン美:「バカ大集合ですね〜♡(尊)」
ゾンビたち:「バカバンザーーーイ!!」
\ゾンゾンぞ〜〜〜ん!!!/
◆◇◆
こうして、終末は変わり始めた。
ゾンビと人間が共存する、少しバカで、ちょっと優しい世界。
誰かの“愛”が、想定外の奇跡を起こす――
そんな物語が、ここに生まれた。