第12章「ゾンビ・レクイエムと、偽者の逆襲」①
世界は、静かに終わりを始めていた。
《ラグナロク・プログラム》が起動してから、すでに3時間が経過。
ゾンビたちは各地で突如暴走を始め、街という街を愛と混乱の渦に巻き込んでいた。
ゾンビ同士のディープキスによる感染汚染。
仲間意識の芽生えた個体たちのアイドルデビュー。
そして、恋煩いで焼き尽くされた都市――“シンデレラ・ファイア”。
――これは、終末でありながら、恋愛パニックであり、悲劇であり、そしてコントだった。
俺は、意識の底で目を覚ました。
◆◇◆
「……レイジ」
懐かしい声が、闇の中で響いた。
聞き覚えのある声だった。
けれどそれは、自分の声でもあった。
「やっと来たか。偽物の“俺”」
そこにいたのは、もう一人の俺――“本物のレイジ”だった。
白い部屋のような空間。現実でも夢でもない、記憶の断片のような場所。
そこに、本物のレイジが腕を組んで立っていた。
「……ここは、どこだ?」
「“お前の中”だよ。俺の中で作られた、最後の避難所。
お前はコピーだけど、俺の記憶の延長線上にある。だから今、ここで会える」
「ふざけんなよ。避難所なら外にしてくれよ。ここ、椅子も冷蔵庫もねぇじゃん」
「……お前、目覚めかけてるくせに、口調だけ完全にバカだな」
本物のレイジは、俺を見つめたまま言った。
「お前はずっと逃げてた。でも、それでいいと思ってた。
“俺”は計画のために生きて、“お前”は感情のために逃げる。
その違いが、俺たちの分岐だった」
俺は苦笑した。
「でも、気がついたら逃げる先で、誰かと笑ってた。
ゾンビだろうと、クラリッサだろうと、ヒナだろうと……。
バカみたいな日常を守りたくなってたんだよ。
逃げてただけのくせに、ちょっとずつ“居場所”ができちまった」
「それが幻想だと言われても、俺は――もう、引き返せない」
本物のレイジは目を細め、ゆっくりとうなずいた。
「なら、行けよ。俺を、超えてみせろ。
お前が“偽物”である意味は、もうなくなる。
本物を超えたとき、初めてお前は――“レイジ”になるんだ」
光が差し込む。
そして、俺は意識を取り戻した。
◆◇◆
「……っは!」
俺は、崩れた研究所の瓦礫の中から飛び起きた。
「生きてる!?俺、生きてる!?誰か、カレーうどん持ってきて!これは生きてる人しか頼めない料理!」
頭がズキズキする。身体はボロボロだ。
でも、なんとか立ち上がれる。
世界は崩壊寸前だった。
地上では、ゾンビたちが“愛”という感情で次々と自我に目覚め、
各地でラブソング合唱、デート会場爆発、チョコ大量投下などを行っていた。
「ヒナ……クラリッサ……!」
俺はふらつきながら立ち上がり、隣に転がっていた“残骸”を見つめた。
そこには、壊れたホログラム端末があった。
その中に、音声だけが記録されていた。
《――……クラリッサの覚醒、進行中。ゾンビ第2世代とのリンク、60%を突破――》
《……ヒナ、最終プロトコルに移行。ゾンビ制御AIとの統合準備を――》
「……クラリッサ、暴走しかけてる……!?ヒナは……完全にこっちを敵とみなしてる……」
俺は奥歯を噛み締めた。
「ふざけんなよ……。ふざけんなよ、ヒナ。お前まで……!」
◆◇◆
一方その頃、クラリッサは薄暗い空間の中で“夢”を見ていた。
夢の中では、彼女は人間だった。
誰かと出会い、恋をし、幸せな時間を過ごしていた。
でもそれが“偽り”だと気づいた瞬間、彼女の世界は崩れた。
「……ワタシは……ゾンビ……」
「全部……幻想だったの……?」
でも、夢の中に現れた“レイジ”の記憶がささやく。
『クラリッサ。お前がゾンビでも、人間でも関係ねぇよ。
俺が一緒に逃げたいのは、お前だったからだ』
クラリッサはその声を抱きしめるように、目を閉じた。
「……ワタシ、思い出した。最初に、“好き”って思ったのは……」
彼女の体が光に包まれていく。
ゾンビとしての進化系――《レクイエム形態》への兆しだった。
◆◇◆
ヒナは、ラグナロク制御室の中心にいた。
その目に、もはや迷いはなかった。
「私は、すべてを終わらせる。感情も、愛も、幻想も」
Dr.ミナミ:「お美しい決意ですわ、ヒナちゃん。
あなたこそ、世界を“最適化”できる最後の存在……」
ヒナ:「レイジ兄貴は……最初から不完全だった。
でも、私は違う。私は“必要な記憶”だけで構成された最強の妹……」
そう――ヒナもまた、“レイジの記憶”から作られた存在だったのだ。
本物のレイジが失った“感情”の一部を補完するための、記憶の結晶体。
「……感情に振り回された兄貴じゃ、もう未来は作れない。
だから私は、兄貴を……コピーを、完全に消す」
その瞳は冷たく、まるで氷のようだった。
◆◇◆
そして、目覚めた俺は、決意した。
「もう逃げねぇ。全部“受け止めて”、ぶっ壊してやるよ。
世界の終わりでも、なんでもこいや。俺は……レイジだ!」
その声が、世界に響いた。
ゾンビたちの耳に、“レイジ”の名が刻まれる。
彼らの記憶に、残っていた――“逃げない人間”の姿が。
そして、最初の一体が言葉を発した。
「……アイシテル……レイジ……ワタシ……レイジ、マモル」
そこから始まる、ゾンビたちの反乱――
いや、**“愛による反撃”**が、今始まろうとしていた。