表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

第12章「ゾンビ・レクイエムと、偽者の逆襲」①

 世界は、静かに終わりを始めていた。


 


《ラグナロク・プログラム》が起動してから、すでに3時間が経過。

ゾンビたちは各地で突如暴走を始め、街という街を愛と混乱の渦に巻き込んでいた。


ゾンビ同士のディープキスによる感染汚染。

仲間意識の芽生えた個体たちのアイドルデビュー。

そして、恋煩いで焼き尽くされた都市――“シンデレラ・ファイア”。


 


――これは、終末でありながら、恋愛パニックであり、悲劇であり、そしてコントだった。


 


俺は、意識の底で目を覚ました。


 


 


◆◇◆


 


「……レイジ」


 


懐かしい声が、闇の中で響いた。

聞き覚えのある声だった。

けれどそれは、自分の声でもあった。


 


「やっと来たか。偽物の“俺”」


そこにいたのは、もう一人の俺――“本物のレイジ”だった。

白い部屋のような空間。現実でも夢でもない、記憶の断片のような場所。

そこに、本物のレイジが腕を組んで立っていた。


 


「……ここは、どこだ?」


「“お前の中”だよ。俺の中で作られた、最後の避難所。

 お前はコピーだけど、俺の記憶の延長線上にある。だから今、ここで会える」


 


「ふざけんなよ。避難所なら外にしてくれよ。ここ、椅子も冷蔵庫もねぇじゃん」


「……お前、目覚めかけてるくせに、口調だけ完全にバカだな」


 


 


本物のレイジは、俺を見つめたまま言った。


「お前はずっと逃げてた。でも、それでいいと思ってた。

 “俺”は計画のために生きて、“お前”は感情のために逃げる。

 その違いが、俺たちの分岐だった」


 


俺は苦笑した。


「でも、気がついたら逃げる先で、誰かと笑ってた。

 ゾンビだろうと、クラリッサだろうと、ヒナだろうと……。

 バカみたいな日常を守りたくなってたんだよ。

 逃げてただけのくせに、ちょっとずつ“居場所”ができちまった」


 


「それが幻想だと言われても、俺は――もう、引き返せない」


 


本物のレイジは目を細め、ゆっくりとうなずいた。


「なら、行けよ。俺を、超えてみせろ。

 お前が“偽物”である意味は、もうなくなる。

 本物を超えたとき、初めてお前は――“レイジ”になるんだ」


 


 


光が差し込む。


 


そして、俺は意識を取り戻した。


 


 


◆◇◆


 


「……っは!」


俺は、崩れた研究所の瓦礫の中から飛び起きた。


 


「生きてる!?俺、生きてる!?誰か、カレーうどん持ってきて!これは生きてる人しか頼めない料理!」


 


頭がズキズキする。身体はボロボロだ。

でも、なんとか立ち上がれる。


 


世界は崩壊寸前だった。

地上では、ゾンビたちが“愛”という感情で次々と自我に目覚め、

各地でラブソング合唱、デート会場爆発、チョコ大量投下などを行っていた。


 


「ヒナ……クラリッサ……!」


 


俺はふらつきながら立ち上がり、隣に転がっていた“残骸”を見つめた。

そこには、壊れたホログラム端末があった。

その中に、音声だけが記録されていた。


 


 


《――……クラリッサの覚醒、進行中。ゾンビ第2世代とのリンク、60%を突破――》


《……ヒナ、最終プロトコルに移行。ゾンビ制御AIとの統合準備を――》


 


 


「……クラリッサ、暴走しかけてる……!?ヒナは……完全にこっちを敵とみなしてる……」


俺は奥歯を噛み締めた。


「ふざけんなよ……。ふざけんなよ、ヒナ。お前まで……!」


 


 


◆◇◆


 


一方その頃、クラリッサは薄暗い空間の中で“夢”を見ていた。


 


夢の中では、彼女は人間だった。

誰かと出会い、恋をし、幸せな時間を過ごしていた。


でもそれが“偽り”だと気づいた瞬間、彼女の世界は崩れた。


 


「……ワタシは……ゾンビ……」


「全部……幻想だったの……?」


 


でも、夢の中に現れた“レイジ”の記憶がささやく。


 


『クラリッサ。お前がゾンビでも、人間でも関係ねぇよ。

 俺が一緒に逃げたいのは、お前だったからだ』


 


クラリッサはその声を抱きしめるように、目を閉じた。


 


「……ワタシ、思い出した。最初に、“好き”って思ったのは……」


 


彼女の体が光に包まれていく。

ゾンビとしての進化系――《レクイエム形態》への兆しだった。


 


 


◆◇◆


 


ヒナは、ラグナロク制御室の中心にいた。


その目に、もはや迷いはなかった。


「私は、すべてを終わらせる。感情も、愛も、幻想も」


 


Dr.ミナミ:「お美しい決意ですわ、ヒナちゃん。

 あなたこそ、世界を“最適化”できる最後の存在……」


 


ヒナ:「レイジ兄貴は……最初から不完全だった。

 でも、私は違う。私は“必要な記憶”だけで構成された最強の妹……」


 


そう――ヒナもまた、“レイジの記憶”から作られた存在だったのだ。


本物のレイジが失った“感情”の一部を補完するための、記憶の結晶体。


 


「……感情に振り回された兄貴じゃ、もう未来は作れない。

 だから私は、兄貴を……コピーを、完全に消す」


 


その瞳は冷たく、まるで氷のようだった。


 


 


◆◇◆


 


そして、目覚めた俺は、決意した。


「もう逃げねぇ。全部“受け止めて”、ぶっ壊してやるよ。

 世界の終わりでも、なんでもこいや。俺は……レイジだ!」


 


その声が、世界に響いた。


ゾンビたちの耳に、“レイジ”の名が刻まれる。


彼らの記憶に、残っていた――“逃げない人間”の姿が。


 


そして、最初の一体が言葉を発した。


「……アイシテル……レイジ……ワタシ……レイジ、マモル」


 


そこから始まる、ゾンビたちの反乱――

いや、**“愛による反撃”**が、今始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ