貧乏な僕がゲームをクリアしたら、10億円と夢が手に入った話
何をやってもうまくいかない。
これが、今の僕の現実だった。
高校卒業してから、正社員として働いたことは一度もない。履歴書を送っても返事は来ないし、面接までこぎつけても「経験不足」とか「即戦力が欲しい」とか、そんな理由で落とされる。
かといって、バイトだって長続きしなかった。コンビニ、居酒屋、引っ越し屋……。どこも給料は安いし、人間関係は最悪だった。
特に最後に働いてたコンビニでは、理不尽なクレームに耐えながら夜勤を続けてたけど、ある日「もう来なくていい」って、LINEひとつで切られた。理由なんて聞く気にもならなかった。
財布の中には千円札が一枚。冷蔵庫の中には、安売りで買ったカップ麺が一個。
もう、笑うしかない。
実家には頼れない。親とは絶縁状態だし、友達だって、就職して結婚して、みんな自分の生活で精一杯だ。そもそも、僕なんかに連絡したいと思う奴なんて、もういないだろう。
スマホをいじりながら、求人アプリを眺めては、ため息ばかりが出る。
「週5日、早朝勤務、時給950円」
そんな条件しか並んでいない。東京で生きていけるわけがない。
──いつまで、こんな生活を続けるんだろう。
雨が降りそうな曇り空の下、ボロボロのスニーカーを履いて、今日も職探しのために歩き回る。
だけど、目に入るのは「未経験不可」「年齢制限あり」そんな冷たい文字ばかり。
何もかも嫌になりかけた、その時だった。
駅前の巨大スクリーンに、ある広告が映った。
『賞金10億円──君の願い、叶えます』
『次世代型フルダイブMMORPG【INFINITY WORLD】』
『正式リリースまで、あと7日──』
……10億円?
足を止めて、思わず画面を凝視する。
ゲームの映像はまるで現実そのもののようで、まさに「本物の異世界」がそこにあった。
そして、最後の一文に僕の心が奪われた。
> 『この世界を最初にクリアした者には──賞金10億円と、どんな願いもひとつだけ叶える権利が与えられる』
その瞬間、僕の中で何かが弾けた。
◆ ◆ ◆
駅前の広告を見てから、僕の頭の中はそのゲームのことでいっぱいだった。
10億円。
それが本当なら、こんな生活から抜け出す唯一のチャンスだ。
でも、すぐに現実がのしかかってきた。
「専用ゲーム機30万円」──そんな大金、僕に払えるわけがない。
貯金はほとんどゼロ。昨日の晩ご飯だって、100円のパンだった。
親も友達も頼れない。借金なんてもちろん怖くてできない。
それでも、ゲームを始めなければ、今の生活は何も変わらない。
「何か方法はないか…?」
僕はバイトの掛け持ちを増やした。日中は求人サイトを探しながら、夜はコンビニのレジ。休みの日は清掃のバイト。
それでも、毎月の家賃や生活費を払ったら、貯まるお金はほんのわずかだった。
「このままじゃ間に合わない…」
途方に暮れて、スマホを眺めていると、ある掲示板で同じゲームを狙っている人たちの話題を見つけた。
中には「30万円なんて高すぎる。諦めるしかない」と書いている人も多い。
でも、諦めきれない僕は、ヤフオクやフリマアプリで安く売っている中古のゲーム機を必死に探した。
ただ、価格はほぼ新品と変わらず、期待はすぐに打ち砕かれた。
ある日、古いゲームソフトや服をまとめてリサイクルショップに売った。
数千円になっただけだが、それでも僕には大金だった。
そんな地道な努力を続けているうちに、ゲームのリリース日がどんどん近づいてきた。
「間に合わなかったら、もう終わりだ」
焦りと不安に押しつぶされそうになりながらも、僕は眠る間も惜しんで働き続けた。
ついに、あと三日。
その日、アルバイト先の先輩が急に声をかけてきた。
「お前、最近なんか様子が変だな。何かあったのか?」
僕は迷った末、夢と希望を込めてゲームの話をした。
「30万円もするゲーム機を買いたいんです。
これをクリアしたら、10億円もらえて、願いも一つ叶うっていうんです」
先輩はしばらく黙って、真剣な目で僕を見つめた。
「そんな話、本当にあるのか?でも、夢を見るのも悪くない。
もし本当にそうなら、お前ならできると思うよ」
その言葉は僕の背中を押してくれた。
そして、ついにリリース前日。
僕は全財産をはたいて、なんとかゲーム機を手に入れた。
新品の箱を開けるときの高揚感は、言葉では言い表せなかった。
「ここから、俺の人生が変わるんだ」
期待と不安を胸に、僕はゲーム機のスイッチを入れた。
◆ ◆ ◆
フルダイブ装置に接続し、目を閉じた瞬間、僕の意識は別世界へと引き込まれた。
「──ログイン、完了しました。ようこそ、INFINITY WORLDへ」
まるで夢の中のような、でもやけにリアルな大地。風の感触、空の青さ、草の匂い。
現実とほとんど変わらない臨場感に、思わず息を呑んだ。
「これが……本物の異世界……」
でも、感動に浸っている暇はなかった。ゲームの目的はただ一つ、「世界の核心に辿り着き、最終ボスを倒すこと」。
そして、最初にそれを達成した者が、賞金10億円と「何でも一つ願いを叶える権利」を手にする。
そう、これは競争だ。のんびりしてる暇なんてない。
他にも数万人のプレイヤーが、同じゴールを目指して今この瞬間、動き始めている。
最初の街でチュートリアルを受けたあと、僕は即座に村の外へ飛び出した。
モンスターとの戦闘は予想以上にシビアで、攻撃を一発食らえば視界が揺れ、痛みまで感じる仕様だった。
「くそっ……リアルすぎる……!」
何度も死にかけた。
でも、僕には時間がなかった。
働いている暇もなければ、のんびりレベル上げしている余裕もない。
それに、ログアウトしている間も、他のプレイヤーは先に進んでいく。
僕は一日16時間以上プレイし続けた。
寝るのは4時間、食事は簡単なもので済ませ、生活のすべてをゲームに捧げた。
リアルでは何も持っていなかった僕にとって、この世界だけが唯一の希望だった。
そして、ただがむしゃらにプレイしていたわけじゃない。
攻略掲示板を毎日確認し、バグや裏技、効率の良い狩場を分析し、NPCの会話やアイテムの説明文まで読み込んで、隠し要素を探した。
他のプレイヤーが見逃していたダンジョンやショートカットルートを発見したとき、僕の手が震えた。
「……これなら、勝てるかもしれない」
もちろん、楽な道ばかりじゃなかった。
ギルドに誘われても断り、仲間とも組まず、常に孤独だった。
ボス戦では何度も死に、装備を失い、また最初からやり直した。
それでも、僕は諦めなかった。
三ヶ月が経ったある日──
最終ダンジョンの扉が、僕の目の前で開いた。
「……ここが最後か……」
深呼吸をして、一歩踏み出す。
中は闇に包まれていて、冷たい風が吹き抜けていた。
そして、現れたのは──黒い鎧をまとった巨大な騎士。
「我が名は〈終焉の王〉……すべてを終わらせる者なり」
避ける暇もなく、重たい剣が振り下ろされる。
その風圧だけでHPゲージが大幅に削られた。
──死ぬわけにはいかない。
僕は、持てるすべてのスキルとアイテムを使い、攻撃をかわし、弱点を探った。
相手の動きにはパターンがある。
気づいたその瞬間、流れが変わった。
「──いける!」
そして──ついに、その剣が折れ、ボスのHPがゼロになった。
その瞬間、世界が光に包まれた。
> 『おめでとうございます。最初にINFINITY WORLDをクリアしたプレイヤーは──あなたです』
目の前に、システムメッセージが表示される。
画面の中で、世界中のプレイヤーたちがざわついているのが見えた。
「誰だ?」「マジかよ」「もうクリアした奴がいるのか……!」
僕はゆっくりと腰を下ろし、涙がこぼれた。
「……やった……本当に、やったんだ……」
夢でも幻でもない。
僕は、ついに勝ったんだ。
◆ ◆ ◆
ゲームクリアの数分後、僕は現実世界に引き戻された。
フルダイブ装置から意識が離れ、目を開けた瞬間、天井のシミがやけに鮮明に映った。
でも、それよりも──
画面に映るシステム通知が、すべてを変えた。
> 『優勝者認定:プレイヤー《Yuu》』
『賞金10億円の受け渡し、および“任意の願い”の実現に関して、弊社代表より直接ご連絡いたします』
スマホが鳴る。見慣れない番号。
おそるおそる出ると、落ち着いた声の男性が言った。
「おめでとうございます。あなたが、世界で最初のクリア者です」
「……本当に、僕で……いいんですか?」
「ええ、間違いありません。さあ、“叶えたい願い”をお聞かせください」
10億円。それだけでも、人生がひっくり返る額だ。
でも、それ以上に──願いが叶えられる。
僕は、ずっと思い描いていたことを口にした。
「“僕と、僕みたいに何も持っていない人たちが、安心して暮らせる場所がほしい”」
一瞬、電話の向こうが静かになった。
でもすぐに、笑み混じりの声が返ってきた。
「……面白いですね。それがあなたの願いですか?」
「はい。僕一人だけが豊かになっても、どこかむなしくなると思うから……」
◆ ◆ ◆
数ヶ月後、僕の口座には10億円が振り込まれていた。
名前も知らない銀行員が、何度も丁寧に頭を下げてきた。
それだけで、どれだけ世界が変わったかを実感した。
まず、安アパートを出た。
ボロボロの靴を捨て、新しい服を買った。
母が昔好きだった花を、仏壇に供えた。
それから──僕は動き出した。
小さな福祉団体を立ち上げた。
ネットカフェで寝泊まりしている若者たちに、格安で住めるシェアハウスを提供し、食事も支援した。
「え、マジで……?タダで飯食えるの?」
「でも……僕みたいな奴に、そんな親切……」
かつての僕と同じような目をした人たちが、だんだんと笑顔を取り戻していく姿を見て、僕は心の底からこう思った。
「この選択は……間違ってなかった」
ゲーム内のアイテムも、実際に売買できるようになった。
僕が拾ったレア装備は、他のプレイヤーたちの手で何百万にもなり、経済そのものを動かし始めていた。
「現実と仮想の境目が、どんどん曖昧になっていくな……」
だが、どんなに世界が変わろうとも、僕は忘れない。
一つの広告に、すがるように希望を抱いた自分を。
眠る間も惜しんで戦ったあの三ヶ月を。
そして──誰も見ていなかった深夜のバイトの帰り道、
腹を空かせて涙をこらえていたあの日のことを。
◆ ◆ ◆
今、僕のスマホには、毎日数十通のメッセージが届く。
「あなたみたいになりたい」
「希望をありがとう」
「僕も、もう一度頑張ってみようと思いました」
僕は返事を書く。
全員には返しきれないけれど、それでも、伝えたいことは一つだけだ。
──諦めなければ、人生は変えられる。
別に、僕は特別な人間じゃない。
頭が良いわけでもなければ、才能があったわけでもない。
ただ、たった一つのチャンスに、命を懸けて飛び込んだだけだ。
だから、最後にこれだけははっきり言える。
「僕は──あのとき、あきらめなくて、本当によかった」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
もしこの物語を面白いと感じていただけたなら、シリーズ化も検討しています。
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次回作でお会いできるのを楽しみにしています。