空の名前を知ってるか
「わらび餅教徒による襲撃が相次ぐ中央日本で、本日、卒業式が執り行われました。周辺の複数校による合同卒業式は厳重な警備のもと…」
出稼ぎ労働者が屯する安宿のロビーに据えられたテレビに、戦車の側で銃を構える軍人の姿があった。規律正しく立ってる姿をみると、広報が準備した映像なのかもしれない。
その右下の方に、いかにも悪人ですよ、って面したやつらが写ってる。まあ、実際にイカれてる奴らには違いない。目がおかしい。人を二桁は殺してないとあんな目にはならない。わらび餅ん中でも行動部隊ってやつか、くわばらくわばら。
「またあいつらか」
自然と乾いた声が出る。と、隣の椅子に座っていた顔馴染みの若者が声を返してきた。
「最近、多いですねえ」
「何だっけか、わらび餅のように柔らかく丸い世界を作るためだっけか」
「それ、表で言わない方がよいですよ? わらび餅教徒だと思われますから」
「共産主義者と同じような主張じゃなかったっけか」
「まあ、格差社会ですからねえ…」
正直、俺が知らない奴らなんていくら死んでも構いはしないが、俺が巻き込まれるのは嫌だし、テロ行為は勘弁して欲しいところだ。
あと、子供とかがひどい目にあったり、善良な人の人生が狂ったりするのも嫌だな。…まあ、やっぱ、ろくなもんじゃない。
彼は手にした新聞をめくり、顔をしかめた。
見てくださいよ、これ。俺が今働いてるとこ。と、記事を指差す。ーー有名な企業であるが、それが俺たちに関係あるわけでもない。
どうやら、企業から誠意ある対応はいただけなかった、ということらしく、明日から電車が動かなくなるらしい。
「ストライキか」
「そりゃ、あんな安い給料じゃやっていけないでしょう? 幾らでもすりゃいいと思いますよ。それで俺にもおこぼれはあるんでしょうしね。何でしたっけ、あのいつかの政権に絡んで非正規を増やした馬鹿」
「ああ、アレな。アレが存在出来てたんだから歴史って怖いよな」
「当時の国民ってなんであんなに奴隷根性が染み込んでたんでしょうね? 今みたいにストライキを起こせばよかったのに。ま、結局? 治安悪化してボロボロになったのもそのせいなのかもしれないですけど」
治安悪化したっ言っても、それでも世界ん中ではまだましな方だ。
死体がごろごろ転がって、掃除するものもいない、ってのが今の世界のスタンダードらしいし。
まあ、たまに死体が転がってる時も、稀にはあるか。まあ、それでも世界ん中ではまし…。まあ、政府のプロパガンダの可能性もあるけど。
奴隷根性ね…。まあ、実際、奴隷みたいなもんだったんだろうが、それでも喰えてたなら、動く気にはならなかったのかもしれない。
「金があるとこにはあったんだろ。株の大暴落で死んだやつらも大勢いるらしいし」
「吊るされてた人の写真見ました? 笑えますよね」
「そんなの見て喜ぶ趣味はねえよ」
まあ、俺もまだ恵まれてる方なのかも知れねえわ。と、ふと、若者が以前話していたことを思い出す。
「お前って少年兵だったっけ」
「去年の退役しました。まあ、金がないってのは首がないのと同じですね」
「どっかで聞いたような話だなあ」
「親が首くくって、わらび餅に拾われて。まあ、いろんなとこ行きましたけどね、やっぱ、中央が一番ですね。汚染されてないし」
「どこだって同じだろ。どうせすぐ死ぬよ。俺もお前も」
「そう願いたいもんですなあ。どうせなら、上の連中巻き込んでやりたいもんです」
くだんね。
と、大きく延びをする。欠伸をすると涙が出てきた。
腕時計を見て、若者が立ち上がった。
「そろそろ出勤しないとじゃないですか?」
「あー、そうね。行かないとかね」
「急ぎましょう、もうこんな時間ですから」
「別に俺は急がなくても」
若者にせき立てられて、宿を出る。
「ストライキ、今日からなら寝てられたのにな?」
軽口を叩くと、若者は微笑んだ。
そして、手を上げて雑踏の中に消えた。
と、激しい爆発音が背後から響いた。
狂った以下略