わたしの膝が聖域なんて嘘でしょう?
雲のない綺麗な青空を見て、ぐっと伸びをする。さあっと体を優しく包むような風が気持ちよくて、わたしは庭に飛び出した。誰もいなかったら、鼻歌の一つでも披露したくなるくらい、いい気持ち。
「ん~、いい天気だねえ、キャス。気持ちいい風も吹いてるし」
『……体勢を整えておいた方がいいぞ』
「どういうこと?」
意味は分からなかったけれど、示されたままにその場で座り込む。さくりと乾いた音を立てる草の上に足を置いたとたんに、ドスドスと響いた足音に続いて、怒声が聞こえてきた。
「サラサ! 聖女サラサはどこに行った!?」
キャスがしれっとした顔をしているのを問い詰めたいけれど、そんな時間も余裕もない。そのままの体勢で足音の相手を迎えるしかなさそうだ。絶対、機嫌悪いのに。
「あ、ここですここ~!」
その体勢を取ったということは、巻き込んでいいということだよね、キャス?
ドスドスという足音は草を踏みしめるザクザクという音に変わったから、答えを聞く暇はなさそうだけど。
目線だけは返ってきたから、それが答えだと取っていいんだよね?
「その声は神殿長ですね。ちょうど良かった助けてください」
「助けるだと、また何を……」
怒声は、視線が下に向くたびに小さくなっていく。それもそのはずだ。だって、わたしの膝の上では銀の毛並みを持つ虎が、気持ちよさそうに体を丸めているのだから。
神殿長が何かを言う前に、わたしは言葉を重ねていく。こういう時は、勢いが大事。
「いやあ~、わたしの膝が気持ちいいみたいで。聖獣様が寝てしまわれたんですよ。朝からずっと、この姿勢のままなんです~」
「……っ、聖獣様が好まれているのであれば、致し方あるまい。他の聖女はすでに仕事にとりかかっているのだから、感謝しておくのだぞ」
「ありがとうございます。聖獣様の目が覚めたらすぐに向かいますね」
いかにも不機嫌だというのを隠さないで、神殿長は戻っていった。小さく誰かの謝る声が聞こえたから、通りかかった神官にでも当り散らしたんだろう。誰だか分かったら、お詫びをしなくては。
『……行ったか』
「うん、近くにはいないみたい。ありがと、助かったよキャス」
銀の毛並みはふわふわで、そっと撫でると思っていた通りの触り心地。虎といっても子猫サイズのキャスは全然重くない。本人は本当はもっと大きいんだとずっと言っているけど、そんなの見たことないし、見せてくれるつもりもないらしい。
きっと、大きなキャスに埋もれたらふわっふわに包まれて幸せなんだろうなあ。
『……今、変なこと考えなかったか?』
「な、なんのことかな~」
『まあ、いい。俺もあいつの顔を見ているよりは、お前と話していた方が有意義だ』
ほらもっと、なんて催促されたのは、耳の後ろ。ここをかりかりとかくのが、最近キャスのお気に入りだ。
くああ~とあくびをした口から覗く牙は確かに鋭いのに、こうしてまどろんでいる姿は猫にしか見えない。気まぐれというかツンツンしているように見せている性格含め。
この国には、聖女と聖獣がいる。
聖なる力を持った乙女が虐げられ傷ついた四体の獣と共に安住の地を求めて旅立ち、見つけたのがここ。それが、この国の成り立ち。
聖なる乙女を守った獣たちは、神様から加護を賜り聖獣となって、今でも乙女の末裔がいるこの国を守護してくれているのだという。
その聖獣の一体が、キャス。わたしの膝を占領して寛いでいる姿は毛並みのいい猫にしか見えないけど。
「いたいた。サラサ、ご飯まだでしょ? 聖獣様の分と一緒に持ってきたよ!」
「わぁ、ありがとうルージュ! 朝から何も食べてないから助かった~」
聖獣は、四体。なぜか、聖女も四人までしか現れない。聖なる力、つまりは魔法を使えるわけだ。それを、私利私欲のために使わないように、誰かに利用されることのないようにって、集められるのがこの神殿。
ひょこっと顔を出したのは、ショートカットの赤い髪が良く似合う、わたしと同じ年のルージュ。その手にあるお盆を見て、目を輝かせたのはキャスも一緒だった。
「あんた、また神殿長に何か言われたの?」
「ん~、いつものことだよ」
ルージュの持ってきてくれたスープを食べながら、小さく頷く。だって、当たり前のことなんだから。
聖女は、魔法が使える。それは、この国を魔物の襲撃から守るための結界や、お医者様では助けられないほどの大怪我をした人の治療のためにも使われている。魔法の力を、宝石に溜めて。
毎日空っぽになってしまう結界を作るための宝石に、魔力を溜めるのはわたしがほとんどだ。他の聖女だと、ひとつ溜めるのに三日かかるし、その他の仕事に手が付けられないと言われたらやるしかないだろう。一日で溜められるわたしだって、ひとつ溜めたら疲れるんだけどな。
そんな仕事分担もあって、神殿長の怒鳴り声を聞いているのはわたしが一番多い。
「そうやってヘラヘラしているから、サラサじゃなくてもいい用事だって押し付けられるんだよ。朝から晩まで、ずっとお茶だけしている聖女だっているっていうのに……」
『ああ、あいつらか。大変だよなあ、お守りは』
納得したように頷いたのは、スープを平らげてパンをもぐもぐしているキャス。子猫だったらご飯を食べてお腹がぽこんと丸くなるのに、キャスのお腹はそうならない。そして、わたしよりも食べる。ルージュもそれを分かっているからお盆にいっぱいのご飯を持ってきてくれたけど、もうなくなりそうだ。
「あら、サラサの聖獣様もそう思います? サラサの魔力が高くて回復も早いからって、みんな押し付けすぎよ」
「わたしは、誰かの役に立っているならいいんだけどねえ」
ねえ、とルージュの肩に止まっている聖獣に同意を求めてみたけれど、軽く羽を広げて呆れたような態度を取られてしまった。真っ赤な夕焼けのような羽は、先がオレンジになっていてグラデーションがとてもきれい。ルージュについている聖獣は、鳥の姿をしたスピネル様。
「そうやって文句も言わないから、他の聖女の何倍も仕事しているんだって! 誰かの事も大切だけど、自分の事も大事にしなさいよ!」
『サラサ、お前はもっとこの者の言葉に耳を傾けるべきだな』
『ですよねえ。ルージュだって口は悪いですけど、サラサ嬢の事を心配しているというのに、当の本人が自覚していないんですから』
「なんか、聖獣様たちだけで分かりあっているみたいだけど。サラサ?」
いつもだったらこの辺りで話を切り上げてくれるのに、じとっとした目を向けてくるルージュ。今日は話を終わらせるつもりはないらしい。
キャスと、スピネル様。二体が分かり合ったような態度を見せたからじゃないのだろうか。だとしたら、ルージュの話を終わらせるのに引き合いに出してもいいはずだ。
「ルージュの聖獣様は、何て言っているの?」
「いつも言ってるでしょ。お言葉を聞くための魔力にはほど遠いって。それを聖獣様も分かってくださっているから、身振りでお気持ちを伝えてくださっているんだって。
サラサだって、似たようなものでしょうが」
くちばしを撫でるルージュの手つきは、とても優しい。スピネル様が受け入れていると分かっているから、その声をルージュが直接聞けないのは残念だなと思う。
わたしから伝えるのは、ルージュのためにならないって止められているから。
「まあ、ルージュよりかは読み取りやすいかな。ほら、見た目猫だし」
『俺は猫じゃないと何度言えば分かるのだ!』
ひょいっとキャスの脇に手を入れて持ち上げれば、足をバタバタさせながら小さく唸っている。本気でないのが分かっているわたしは全然怖くないから、忘れていた。
聖女にとって、聖獣は敬うべき相手であり、このように気楽な接し方ができる相手ではないのだと。
「それじゃあ、あたしは掃除に行かないといけないから。食器は自分で戻しておいてよね」
「は~い。ありがと、ルージュ」
『それじゃあ、サラサ嬢。また今度ゆっくりお話しましょうね』
少し顔をひきつらせたルージュは、さっと立ち上がって神殿の方へ戻っていった。肩に乗っているスピネル様は軽く羽を振ってくれたので、手を振り返す。
膝の上に戻ったキャスは、最後のパンを食べて満足そうだ。あれだけ食べたのに、やっぱりお腹は平らなままだった。
わたしとキャスの関係が他の聖女に比べるとずいぶんと気安いのは、そうやって接してくれているキャスのおかげなのかもしれない。いや、わたしだって最初はきちんと敬意をもって接していたはずだ。いつの間にやら、こうなっていたけど。
「あら、サボっていたのに食事はとるのね」
「フィオナさん、レイシーさん。こんにちわ」
食器を片すために食堂へ向かっていたら、反対側からやって来たのはわたしとルージュよりも年上の聖女二人。聖女は上下の区別なく同じ身分だという教えだけれど、年上だからと自分たちを優先するように言われている。わたしは別に構わないけれど、ルージュはあまりその対応を良く思っていないみたい。
「あなたが来なかったおかげで、お茶会を満足に楽しめなかったじゃないの」
「聖獣様が休まれていたからと聞きましたけれど。聖獣様を理由にするの、止めてもらえます? あなたが働かないのを許しているようではありませんか」
ルージュが良く思っていないのは、こうやって何かにつけて意見を言ってくるから。お茶しかしていない聖女、はこの二人の事を言っているんだから、その気持ちはきっとこれから先も変わらないだろう。
時々、結界用の宝石に魔力を溜めるのを代わってもらっているし、仕事はしていると思うんだけどなあ。
『まーたやってる……』
『まったく、いつになったらゆっくりとお茶を楽しむことが出来るのか。いつもすまないな、サラサ』
フィオナさんの後ろにいるのは、亀。動きも話し方もゆったりしているリオネスト様。そしてその甲羅の上に乗っている蛇はレイシーさんにつく聖獣。日の当たり方によって、水色から深い藍色まで変化する鱗を持った、クインテール様。
この二体はキャスやスピネル様と違って、聖女の体には触れていない。まあ、蛇のクインテール様はともかく、亀であり大柄なリオネスト様は体のどこにも乗せられない。
「あなたについている聖獣様が、おかわいそうでならないわ。私達、いつでもお話をお聞きいたしますので」
『……勝手に言ってろ。どうせお前たちだって俺の言葉を好き勝手に捻じ曲げるのだろうが』
「あ~わたし、食器を返さなきゃ! 失礼します」
『おい、サラサ! 俺を抱いて行くな!』
あ、やばい。そう思ったわたしの行動は早かった。グルル、と唸り声を上げ始めたキャスを抱き上げ、二人に頭を下げてからダッシュで食堂へ向かう。食器をまだ返せていないので、片手で抱くことになったキャスが居心地悪そうに吼えたけれど、そんなこと気にしていられない。
リオネスト様もクインテール様も、キャスが唸ったとたんに体を硬直させていたから、機嫌が悪いとは気付いただろう。
走って食堂に向かったわたしを咎める先輩聖女を、きっと宥めてくれるはず。あの二人はその言葉を、その通りに受け取ってくれたらいいんだけど。
「魔物の暴走ですか!?」
それは、突然だった。毎日のようにわたしのところに持ち込まれる宝石が増えたわけでもない、手を貸してほしいとお医者様が神殿に飛び込んでくることもない、いつもの平和な日常。
バタバタと神殿内を駆け回る足音がやけに響くなあとのんきにしていたところに、文字通り飛び込んできたのは結界の外で生息している魔物が、急に数を増やして国に押し寄せているという報せ。
「ええ。このままではこの神殿も飲み込まれてしまいます。そうなる前に、聖女の力で結界を張りなさい。石は、こういう時に使うべきものでしょう」
青い顔をしている神殿長に集められたわたし達にも、緊張が伝わってくる。神殿は国のどこからでも入りやすいように、中央に位置している。その神殿にまで魔物がやってくるということは、街にまで被害が出てしまうということだ。
「分かりました!」
「どこへ行くのです!」
キャスと顔を見合わせると、分かっていると頷いてくれた。気持ちが同じだったことが嬉しくて、こんな状況なのにふふと小さく笑ってしまった。
それを見咎められる前に、自室の宝石を取りに行こうと背を向けたら、神殿長から制止の声がかかった。
「え? 結界を張れと言ったのは、神殿長ですよね?」
どこって、街に行って結界の弱まっているところの宝石を取り換えに行かないといけないんじゃないだろうか。動いたわたしを追いかけようとしていたルージュも、不思議そうな顔をして足を止めた。
「わざわざ移動する必要はありませんよ。この神殿だけに結界を張ればいいのだから」
「そんなっ! 街の人達はどうするのです!?」
「あのような者と、私達。どちらの命が重いか。賢い聖女だったら分かりますよね」
神殿長に同意するように、その後ろに立つ先輩聖女の二人。リオネスト様とクインテール様は、がっかりした顔をしているし残念だと呟いているけれど、どうやらそれはあの二人には届かないみたいだ。
出来れば伝えたい。けれど、こうしている間にも国に魔物が迫っているのだったら、それは今やることではない。
「……分かりません」
「サラサ?」
『おい、サラサ』
ルージュとキャスが落ち着けとでも言うようにわたしの名前を呼んでくれたけれど、それでも止められないくらいの気持ちが湧きあがってくる。
なんで、そんな平気な顔をして自分たちだけ助けろって言えるの。この国にはたくさんの人がいて、
その人たちのおかげで、わたし達の生活が成り立っているのに。なんで、助けたいって思う気持ちを邪魔されるの。
「わたしは、この力は誰かの役に立てるものだと思ってきました。けれど、特定の誰かのためにしか力を使えないんだったら、聖女じゃなくていい!」
「こら、待ちなさい! 聖女たち、あいつを連れ戻すのです!」
「あたしが行きます。お二人は、結界用の石をお持ちでしょう? 神殿長をお守りください!」
にやりと愉快そうに笑うキャスが、わたしを案内するように前を走ってくれる。自室に戻らずに最短で神殿を抜けたキャスは、わたしの力を理解してくれているのだろう。だったら、その信頼にこたえるまでだ。
「ルージュ! どうして?」
まだ街の中まで魔物は入り込んでいなかったけれど、こちらに向かっているという情報は飛び交っていた。
不安そうな人たちの中で逃げる人に押されて怪我をしていたら治癒の力を使い、そもそも逃げられずに家に籠るしかないと聞いたら簡易な結界を作り。そうして、魔物が向かって来ている方向の砦に辿り着いた時、息を切らせて追いついてきたのはルージュ。
「あたしだって、聖女だっての。それに、あんな自分のことしか考えていない奴らと生き残るなんてごめんだからね。だったら、サラサと一緒にこの力を使いたいだけだよ」
「ありがとルージュ大好き!」
「ちょ、ちょっと! あたしに抱きつく暇があるなら結界を……」
『その必要はない』
ルージュに飛びつき、ぎゅっと抱きしめる。慌てたようにバタバタ動かした手が背中に当たって痛いけれど、そんなことよりもルージュの言葉が嬉しかった。
そう、結界。確かに感じる魔力が弱っているけれど、宝石に力を籠めたら復活するだろう。問題は、それでもこちらに向かっている魔物の群れは倒せないということだ。兵士とか冒険者をかき集めているようだけど、戦力が足りないのはわたしでも分かった。
そんなわたし達の頭上をひらりと飛び上がったのは、銀色の光。そして寄り添うように紅い輝きが舞う。
『私達の出番ですかね。キャステリア様』
「え、今なんて……キャス!?」
スピネル様が、キャスの正式な名前を呼んだ。思わず目を閉じるような眩い光が収まると、そこにいたのは見上げるほどの巨体。
銀の毛並みは触り心地の良さを感じる前に冷たいのではと錯覚し、爪はわたしの腕と同じくらいの太さで地面を引っかいている。そして口元から牙を覗かせ獰猛な笑みを見せているのは、キャス。これが、ずっと言っていた本来の姿。
その隣で羽ばたいているスピネル様の片翼も、わたしくらいはありそうだ。目を丸くしてその姿を見ていたルージュだったけれど、何かを振り払うかのように頭を動かしてからは、前を見据えている。
『案ずるな。俺が、あんな魔物に負けると思うのか?』
『さあ行きましょう。魔物など、蹴散らしてみせますよ』
怖いとは思わない。だって、わたしを見る瞳はわたしの顔ほどに大きかったけれど、いつもと同じように優しい光にあふれていたから。
だから、安心してキャスのよく見える見張り台へと登る。わたしは、ここでキャスに魔力を送る。ルージュは下で運ばれてきた怪我人の治療だ。
「聖女様と聖獣様が来てくれた! 続けー!」
おう、と応える声が大地を揺らす。この場に集まった人たちは、誰も諦めてなんかいなかった。剣を取り、キャスやスピネル様の間をすり抜けた魔物を一体ずつ、けれど確実に仕留めていく。
キャスの爪は魔物をまるで布を前にしているかのような気軽さで切り裂き、スピネル様がぶわりと炎の壁を作り出す。断末魔をあげて炎に包まれた魔物は、灰のひとかけらさえも残さなかった。
『お前の炎があると助かるな』
『ええ。ですが、私だけでは……』
スピネル様の炎が弱くなり、キャスが孤立する。まずい、と思って魔力を送ったけれど、距離が離れてしまったからかすぐには助けになれそうにない。その間にも、魔物はどんどんとキャスを囲い込んでいく。
冒険者や兵士たちでは到底間に合わないくらいに遠くにいるキャス達を、助ける手段が見つからない。
『やっと着いたあ。ちょっと借りるよ』
『やはり、魔力が足りないな。だが、あの程度であれば』
ちょこん、といつの間にかわたしの膝に乗っていたのはリオネスト様。フィオナさんの後ろについていた時よりも少し小さく見えるからなのか、膝に乗っているのに重みを全然感じない。
するりとわたしの肩から下りて、リオネスト様の甲羅の上に着地したのはクインテール様。
「え!? どうして、ここに……」
『どうしてって、ねえ?』
『我ら、聖女と約束を交わした獣なれば。その願いにこたえるまで』
再び光があふれて収まった時、二体の姿はそこになかった。ハッとして遠くの銀色を探すと、その背中を守るように小山のような影が出来ていた。その上には、威嚇するようにゆらゆらと揺らめいている淡い水色。
『遅すぎて、お前らの出番がなくなるところだったぞ……!』
『そんな荒い息で言われても説得力がないわ。ここまで消耗するとはなあ』
『魔物の暴走は久しぶりだし、仕方ないんじゃない? でも、これでもう大丈夫』
『そうですね。ここで片付けましょう!』
そこから先は、一方的だった。冒険者や兵士も思わず武器を下げてその戦いぶりを眺める。それくらい一方的に魔物は数を減らし、二時間ほどで辺りは静かになった。もちろん、街に魔物が入り込んでなどいないし、砦が壊れたりもしていない。
「キャス! みんな、無事!?」
大きくなった姿のまま戻ってきたキャス達に、一人、また一人と感謝を告げている。そしてわたしが見えるところにやって来たキャスは、深く息を吐くと尖らせていた耳からへにゃりと力を抜いた。いつもの、キャスだ。
『よく頑張ったな、サラサ。お前の魔力のおかげで、大した傷も負っていない。
けど。……さすがに、疲れた』
「うん、うん。ありがとうキャス。みんなも、ありがとう……!」
聖獣はみんな、ぐったりしていたけれど。それでも笑顔を見せてくれた。大きな姿のままのキャスに、もふっという音を立てて埋もれて感じたのは、微かな鼓動と温かさ。
魔物に囲まれたキャスを見て、死んでしまうかもしれないと思った時の氷水をかけられたような感覚や、手足の震えは、もうなくなっていた。
正直、わたしも魔力は空っぽだしキャスが無事に帰ってきてくれたことに安心して、兵士からあれこれ言われた何かを覚えている余裕なんて、全くなかった。
「それで、どうしてこんなことになってるのかなあ?」
『これは、キャステリア様が傍にいるの、よく分かるね』
『今までは他の聖女の立場というものを、一応は考えていたのでな』
無事に街を守って、神殿に戻ってきたわたしとルージュを出迎えたのは、神殿長ではなかった。あ、いや神殿長という立場は同じだけれど、今までわたし達が神殿長と呼んでいた人とは別人だった。
わたしが神殿を飛び出した後、残った先輩聖女と神殿長は自分たちだけ奥の間に引きこもり、結界を張って魔物の襲撃をやり過ごすつもりだったらしい。けれど、先輩聖女たちが持っていた宝石では魔力が足りず、神殿長が宝石を集めるために部屋を出たところに、神官がやってきて問い詰めたそうだ。
分け隔てなく与えるはずの聖なる力を自分たちのためだけに使おうとした神殿長と、先輩聖女達はそのまま資格をはく奪され、戒律の厳しい荒れ地の神殿で奉仕活動をするように国王から勅命を受けたと。
もちろん、聖獣の力なしに。そもそも、従えているだけでお世話をすることもなかったようだから、リオネスト様もクインテール様も先輩聖女にはついていかなかったわけなんだけど。
国王は、これを機に聖女という立場の見直しを図るそうだ。ルージュは、自分の立場が変わるかもしれないというのに、先輩聖女のような人をもう見たくないと全面的に頷いていた。
そして、わたしは。
「なんで、ここに集まるかな」
『……減るものではないだろう』
「わたしの膝の弾力が失われていきます~! あ、ルージュちょっと助けて!」
むすっと不貞腐れたキャスの頭を撫でてから、改めて自分の膝の上を見る。今まで膝を占領していたキャスのほかに、亀と蛇が一緒にいる。リオネスト様とクインテール様も、体のサイズを変えることが出来るそうで、私の膝に集まるときは上手く乗れるようにいつもよりも小さくなってくれる。
そんな姿も可愛いんだけど、わたしの膝に集まっているのが魔力を溜めるためなんて言われても信じられない。だからキャスは膝に乗りたがっていたのか、とちょっとだけ疑問が解けたけど。
通りかかったルージュの肩には、スピネル様。わたしのようになりたいと意気込んだルージュのために、魔力の訓練をするのだと張り切っているから離れようとはしない。
そのおかげか、ルージュは最近、聖獣たちの言葉を断片的に理解できるようになったんだとか。
「サラサ、あたしが言えるのはこれだけ。耐えて」
「あ、待ってルージュ! ねえ、さすがに痺れてきたんだって~!」
聖獣たちにとって居心地がいいのはわかったから、ちょっとだけ降りてくれないかな!?
もっふもふの毛並みに埋もれたい。
お読みいただきありがとうございました!