第8話 それから
串カツ屋『大だるま』が出来てから時の移り変わりは激しく早かった。
レイザは女の子を産んだ5年後に流行り病で死んだ。レイザが残した子供に俺たちはアイリスと名付けていたが、アイリスはすくすくと育ち利発的な子に育った。レイザによく似たぷりぷりの肌が愛おしく、その存在がレイザを失った悲しみをも吹き飛ばし、ただひたすらに串カツと向き合う俺の励みとなった。
『大ぐるま』はいつの間にかこの異世界の王侯貴族、富豪、庶民にまで名が知れ渡っていた。店でのルールはただ一つ『二度付け厳禁』であり、この店の中では階級の違いは取っ払ってみな平等に過ごすことを善としていた。世の中はいつの間にか勇者御一行が魔王を倒したようで、お祭りムードに包まれていた。王都で行われる勇者御一行の祝宴会になんと『大ぐるま』の串カツを用意したいとの注文があったのだが王都と店は離れているため、俺は冷めてべたついた衣を振る舞うことになるだろうと抵抗感があり断った。祝宴会は結局俺の串カツ無しで行われたようだが、後日、勇者御一行が俺の店に押しかけてきた。魔王へと戦いを挑むまでの道中で『大ぐるま』の評判を聞かなかったことがなく、魔王を倒したらどうしてもやりたい事の一つに『大ぐるま』の串カツを食べることが入っていたようだ。
勇者御一行が俺の店にやってきた時にはどこか遠い過去に見覚えのある顔が紛れていた。魔王討伐の冒険の最中に古代の神殿で覚えたという呪文で女神様を呼び出して連れてきたようだ。あの女神様『――ララ』だ。
「久しぶり。やっと会えたわね。てっきりあなたがこの世界に私を呼び出してくれるかと思っていたわ」
「久しぶりだな。俺の店の評判はお前のいる世界まで轟いていただろ。会えて嬉しいよララ」
「私もよ。あの時、あなたと出会ってからずっと串カツを食べたいと思っていたの。それに――」
「なんだ」
「なんでもない。あの女の子、アイリスだっけ。元気のいい子ね。」
「ああ、俺の宝だ。串カツを揚げる理由でもある」
「ふーん、ちょっと嫉妬しちゃうわ」
「うん、なんかいったか」
ぽつりと小さく放たれた女神様の言葉を聞き取れなかったが、とりあえず勇者御一行と女神様を席へと案内することにした。
「悪いが生憎の繫盛でよ。相席でもいいかい」
勇者御一行は同意を示し、軽く会釈をしながら町人の家族が座るテーブルへと腰を下ろした。
「何にしようか」
女神たちはそれぞれに食べたいものを答えた。なになに、勇者はサツマイモ。魔法使いのお嬢さんはカボチャ、筋肉隆々戦士君はえび、それに白髪僧侶のお姉さんはチーズか。最後にララは豚肉っと。それぞれに三本ずつだな。
それぞれのオーダーを書き取り俺は厨房に向かった。衣を食材にかけて油に投入し、黄金色になるとさっと油からだす。前の世界からこの世界に来ても何十年と積んだ手の動きに寸分の狂いもなかった。
「へい、おまち。アイリス、ビールをサービスしてやってくれ。俺の旧友と世界の救世主様へのおもてなしだ」
揚げたての串カツをテーブルに運び俺はアイリスに指示を出した。
「分かったわ、お父さん」
いつも通り元気の良い返事が返ってくる。すぐさまアイリスはビールを人数分テーブルに運んだ。
「さあて、ララ。食べてくれるかな。二度付けは厳禁だ」
「ええ、これが待ちに待った。串カツね。黄金色の衣を身にまとい食材そのものの美味しさを余すことなく閉じ込めた至高の一品。うーん。たまらないわ。いただきまーす」
ララは口に串カツを運んだ。「うーん、美味しー。サイコー。ちょー、天界に召される気がするわ。女神だけに」よく分からない洒落を言っているが、涙を流しながら、食べている様子からすると満足してもらえたのだろう。勇者御一行も数秒の間三本すべてを平らげている。
「お父さん、旧友って言っていたけど、あのものすごく綺麗な人は誰」
「ああ、お父さんをこの素晴らしい世界に導いた女神様だ」
「ふーん、女神様ね。お母さん以外にそんな人がお父さんに居たなんてね。いいじゃない。お母さんが亡くなってから結構経つし、お父さんも幸せになりなよ」
「俺はお前がいるだけで十分幸せだよ」
「それは、お店を切り盛りするための理由付けでしょ。この店はお父さんとお母さんが二人で宿屋を改装して建てたと聞いたわ。二人の思い出が詰まっている。お母さんの思い出を消さないようにお父さんはただひたすら串カツを揚げてきたわ。私にお母さんの幻影も重ねてね。でも、私、人の人生は串カツを毎日揚げるような同じ様な日々で終わってはいけないと思うの。ほら、串カツのタレは毎日何度も同じ様につけられることを繰り返すことで深みを出すけど、つけられる食材は種々様々でしょ。変化をもたらすことがより一層の味わい深い人生を作ると思うの。お父さんにも変化が必要時機だわ」
「うまいこと言うじゃないか。はは」
久しぶりにララを見て、心が揺れ動かなかったというと噓になる。今もいつの間にかララを目で追ってしまっている。娘にはその様子を見透かされたか。今度、ララをデートにでも誘ってみるか。ララがデートでうまい串カツを食べたいと言うならば、俺にしか揚げられない最高の一品を揚げて。