第6話レイザの誘惑
最近、レイザのやつがおかしい。日の出とともにスコップのようなものを抱え、宿を飛び出し、泥まみれで朝の九時には帰ってくる。俺はレイザのような小太りの女は好みではないが、ひと月も顔を突合せていると彼女にも情が湧いてくるってもんだ。桶の水で泥を洗い流したあとの湿った髪に木の葉の上で留まる雨粒の艶っぽさを感じ、胸がぞわぞわする。
「レイザ、こんな朝早くに最近どこにいっているのだい」
部屋の前の廊下に繋がる階段をおり、踊り場から声を掛けた。レイザは濡れた髪をタオルで優しく包みながら首だけを俺に向けた。
「どこって、うふふ。そこの山に行ってたのよ。ほら、近くに竹藪があるでしょ。筍を探しにね。あなたに揚げてもらいたくて」
どうやらこの世界は筍が貴重らしい。なかなか見つからずに何日も何日も朝早くに山の中を探し回っていたようだ。
「それにしてもこんな朝早くにコソコソ一人で行かなくてもいいだろう。昼間に行けば俺もあんたと一緒に探すことだってできるんだ」
「昼間は宿のことで忙しいし、夜は危ないし、善は急げって言うでしょ。だから朝の誰にも邪魔されない時間が最適なのよ。それに朝早くに達三さんを叩き起こして筍堀りに付き合わせて筍を揚げるように言うなんて、達三さんにあれもこれも頼めないわ」
レイザなりの誇りがあるのだろうか。俺はその程度のことならばいつでも付き合うのだが。
「ちょうど今日、筍があったわよ。ほら。達三さん、これで筍揚げを作ってくださるかしら」
「おう、いっちょやるか。」
俺の腕がなる。俺は筍を処理し、いつものように小麦粉をまぶし、そのままの勢いで油に放り込んだ。なぜだかいつもより目が開くようだ。そうか、レイザにいいところを見せようとしてしまっているのだな。俺はそんな無意識に身を任せたが、体は串カツ魂を忘れておらず、しばらく経つと黄金の衣をまとった筍揚げが出来上がっていた。自分でも気づかないうちにだ。
「あらよ。レイザ出来上がったぜ。俺の無の境地の串揚げがな」
自分でも何言ってるか分からないな。
「楽しみにしてたわ。ありがとうございます。達三さん」
まだ熱いはずの筍揚げを一口でぱくっと食べながら何ともないように美味しいと叫ぶレイザを見ると俺はこの異世界での希望をついぞ見つけたようだ。
レイザが美味しそうに頬張る姿をみるということを。