コラボ配信(2)
意図せず話題になったアカデミー卒業後の話。
アカデミーを出た生徒は、ダンジョン関係の職につくのが一般的だった。
代表的な進路は、専業のダンジョン探索者だろうか。
ダンジョン探索者――ライセンスを取り、主にダンジョン素材の換金で生計を立てる仕事だ。
ダンジョンにロマンを追い求め、最深部を目指して攻略を進める人間もここに含まれる。
(もちろん、それも悪くはないんだけど――)
ダンジョンは楽しい。
美味しいものがいっぱいあるし、モンスターとの戦いは嫌なことを忘れさせてくれる。
全フロアボスを食べ尽くす――それは私のささやかな目標だ。
だけどそれ以上に、私が大切にしたいこと。
ぼんやりした目標だけど、やりたいことは自分の中で決まっていた。
「――私は、ダンチューバーを続けたいって思ってます」
"そうか。学生だから卒業と同時に引退って可能性があったのか――"
"それを聞いて安心しました!"
"ずっと応援してます!"
コメント欄では安堵の声。
「ダンチューバーを続ける。それは――どうして?」
急かすでもなく、ゆきのんは優しく私が言葉を続けるのを待ってくれる。
――今のダンチューバーという地位を築き上げた先輩たちのように。
夢と希望を見せられる配信者になりたい。
今も胸にある気持ちだ。
転勤。
新しい学校に馴染めず、不登校になった私。
そんな私が再び前を向くきっかけは、まっすぐ前を向いて走っていたダンチューバーたちだった。
だから私が目指すのは、癒やしと笑顔を届けられる人。
……なんてこと、さすがに本人を前に言うのは恥ずかしいし。
自分が楽しいだけでなく、楽しいを共有したい。
そしてあわよくば、過去の自分のような人間が前を向く手助けができれば良い。
――なんてこと、配信で言えるわけがないではないか。
「う~ん……、内緒です!」
「え~? そこまで言いかけて……、気になるよ~!」
うりうり、とゆきのんが私の頬を突っついてきた。
「レイナちゃんのほっぺた、もちもちしてて気持ち良い!」
「むむむ――それは私が幼女ってことですか!?」
「違うよ!?」
"合法ロリ"
"レイナちゃんのほっぺたぷにぷにしたい"
"寝顔ずっと見守りたい"
"↑↑通報"
そんなことを話しながらじゃれあっていたが、
「レイナちゃん、ドリームプロダクション――うちの事務所はどうかな?」
「へ?」
「卒業後の就職先!」
ゆきのんが、突然そんなことを言い出した。
(……って、配信用のリップサービスだよね!)
(危うく本気にするところだったよ――)
「またまた~、冗談はやめてくださいって。私なんかには眩しすぎますって!」
シャイニースターズを擁するドリームライト・プロダクション。
企業勢と呼ばれるダンチューバー事務所の中では、最大手と言っても差し支えない。
企画力、所属するタレントの個性。
必ずしもダンジョン探索者としての実力が、トップクラスな訳ではない。
それでも誰もがきらりと輝く一芸をもっていて、常に業界の一線を走り続けてきた事務所なのだ。
私が並んでいたら違和感ありすぎると思う。
「割と本気だったんだけどなあ――」
軽く流した私に、ゆきのんは拗ねたように唇を尖らせる。
「みなさんも、私なんかがドリームライトプロダクションにいたら怒りますよね!?」
私がコメント欄に話を振ると、
"ゆきのん、ずるい!"
"これはひどい職権乱用"
"レイナちゃん争奪戦はじまっちゃう!?"
"むしろ事務所が羨ましがられるの草"
「なんで?」
食材さんたちの悪ふざけかな。
"《佐々木 大五郎》わたくし、ダンジョンイーグルスのギルド長を務めております佐々木と申します"
"《佐々木 大五郎》このたびは是非とも、彩音レイナ様に、我がギルドに入っていただけないかというご相談を――"
"ふぁっ!?"
"勧誘草"
"なりすましか!?"
"本物やんけ!"
"やっぱりトップギルドは、有名実況者の配信はチェックしてるんやなあ……"
"佐々木さん、佐々木さんじゃないですか! 未払いの残業代はやく払ってくださいよ!"
"なんか闇深そうなコメント見えて草"
ダンジョンイーグルス。
たしか有名な探索者ギルドだった……、はずだ。
──詐欺かな?
「む、難しいことは分からないのでマネージャー通してください!」
面倒事は、とりあえず千佳に丸投げ。
"一刀両断で草"
"レイナちゃん、まったく興味なさそう"
"食べ物以外にレイナちゃんが興味持つはずがないだろ、いい加減にしろ!"
"是非とも我がギルドの話を――!"
"十倍出す。だから少しでも私たちのギルドの話を――!"
"幹部待遇で迎える。どうか俺たちのギルドに――"
「!?!?!?」
コメント欄に、そんな書き込みが増えていく。
「あー、この話はここまで!」
「ご、ごめんなさい! そういうのはマネージャーの方までお願いしますっ!」
「これは流れ作った私が完全に悪かった。ごめんなさい!」
ゆきのんが、そう謝罪する。
"まあ仕方ない"
"暴走したギルドのスカウターたちが悪い"
"レイナちゃんの進路は、全探索者が注目してるからなあ――"
なんか不穏なコメントが見えたんですけど!?
(……千佳に、相談しよ!)
思わぬハプニングに時間を取られつつ。
私たちは、そのままダンジョン探索に戻るのだった。
※※※
1時間後。
私たちはボス部屋の前に到着していた。
今日の配信は、ここでフロアボスを倒して終わる予定である。
「レイナちゃん、せっかくだし対ボス相手の連携練習しよう?」
「はいっ、頑張りますっ!」
(結局、ほとんど0点だったし)
(最後ぐらい良いところ見せないと……!)
私は、そう気合いを入れ直すのだった。





