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四、怪しくない仕事

 いくら仕事が無いからといって、指示された場所までのこのこと出向く蓮志は早々に後悔していた。


 もうこのあたりまで来ると江戸ではなく、谷ばかりのわずかな土地に農村はあるものの町家はない。

 御城からは大した距離では無いのだが、江戸の町は城を中心に東南へと広がっている。入り江を埋め立てて造成した町だからなのだが、過密さが大火で多くの犠牲を出した。今後は江戸は大川の東へと拡大していくのだろう。


 東が賑やかな分、城からは近くとも西のこちら側はなんとも寂れて物悲しい風情で、荷車程度は通れそうな道はあるが、草木が茂り鬱蒼としている。

 それでも時おり隠居所のような庵だの屋敷の垣根だのが見られるのは、大火の際などに避難所とするためか。どれも新しい。


 蓮志の母は主筋の姫であったために江戸から出たことがない。当然ながら蓮志も江戸で生まれて江戸で育ったために、実のところ城の西側のこのようなところにまで足を延ばしたのはこれがはじめてだった。

 細い道の左右の竹林や、町中ではあまり見かけないタヌキが藪から飛び出て来るのを見て幼児のようにはしゃぎたくなってしまうが、人気もなく死角も多い場所であるために警戒は怠れない。


(さすがに辻斬りといえど大小をたばさむ者に無差別に襲いかかったりはしないだろうが……)


 武士は太刀と脇差し、大小二本差しと定められている。

 逆にどれ程珍妙な格好であろうとも太刀帯く者は武士だとわかるので、今朝女物の着物を羽織って歩いたのは不味かったと反省する。町中にはもっとふざけた派手な装いの連中が闊歩しているために感覚が麻痺していたのかもしれない。

 そしてもう一揃えの着物を風呂敷に包んで蓮志に持たせてくれた親爺には家に風呂敷の一枚も置いていないということはお見通しのようだった。


 蓮志に声をかけてきた藤吉という男も、今日は何を思ってか菅笠に鳥の羽を挿していた。

 蓮志は無関係とばかりに関わりを避けているが、「なんとか組」とか名乗り徒党を組んで乱暴狼藉を働く迷惑な奴等のひとりで、たしかどこぞの旗本の四男だか五男だか……。同じような年頃で狭い江戸で生れ育った同士なのでお互いに顔と名前くらいは知っているが、それだけだったのに今日は親しげに声をかけてきた。


 どうも今朝の女物の着物姿をどこかで見ていて仲間だと思ったようだ。


(冗談じゃない)


 どうせ仲間になるのなら最近聞くようになった町奴とかいう奴等の方がましだった。

 旗本奴に対抗して出てきた町奴も同じような無頼の輩ではあるが、「弱気を(たす)け強きを挫く」などとうそぶいているからには、少なくとも弱いものの味方ではあるのだろう。


 実際に旗本奴の暴虐に町奴が対抗出来ているのかどうかは知らないが、その「弱気を扶け強きを挫く」の標語には憧れがあった。

 蓮志がそれを聞いた時、これだ! と思ったのだ。


 それが出来たのなら。

 そういう生き方が出来るのであれば、と。


 実際には蓮志は主家が改易の憂き目にあった牢人者の小倅でしかないのだが。


 この怪しげな仕事を覗いてみようなどと思ったのも、藤吉らが何やらお上に叛くような事を目論んでいるのならばその邪魔をしてやろう、あわよくば潰してやろうという気持ちが正直あったのだった。




 そうして犯罪などの怪しい仕事をする気はさらさらなく、話だけでも聞いておくか、くらいの気持ちで指示された屋敷にやって来た蓮志だが、断る間も無くあれよという間に警護の班に組み込まれていた。


(なんでこうなった……)


 紹介されて来たと言うと、いきなり屋敷の主人らしき人物に目通りされ、よろしく頼むと言われ今に至る。

 怪しいの怪しくないのを判断する事柄がそもそも無かったのだ。


 警護の仕事を紹介されて、やって来て採用。普通に。


 そもそも腕の立つ者を集めているのだと聞いたから、何やら怪しげな事を目論んでいるのではないかと蓮志が勝手に犯罪臭を嗅ぎとっただけで、この屋敷の主人だと思われる日下なる人物が言うには、本当に普通に屋敷の警護の人員を探していたのだと。

 牢人者ならばそこらにあぶれているではないかと思ったが、まともな格好の者を雇いたかったとのこと。つまり今朝の蓮志には声はかからなかったということか。


 普通に屋敷の警護の仕事であるが、今夜大事な荷が届く予定だというので早速警護の任に就いている。

 思いがけず新たな、しかも武士としての仕事にありつけてしまった蓮志だった。

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