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二、乱世の習い

 口入(くにゅう)屋の前では店の親爺が落ち着かなさげにうろうろと行ったり来たりしていて、蓮志の姿を見るやいなやその腕を捕まえて店の中へと引き摺り込んだ。


 口入屋とはいうものの、知った顔にだけ仕事を世話をしていて、この場所も棟割長屋の建ち並ぶ奥の方、裏長屋の一角にある。知る人ぞ知る裏店ではあるものの、実のところ、この親爺の寝座(ねぐら)なだけで帳場も番台も何もありはしない。

 この白髪のみすぼらしく見える親爺がただ人を仲介するのみである。


「見なさったか」


「……表に人集りができていたがわざわざ見に行ったりしねえよ」


 中に入り戸を閉めたとたんに小声で話し出す。


「辻斬りでございます。しかも、昨夜は二件。どちらも町人地だそうです」


 蓮志は小さくため息をついた。

 町人地で人斬りが出たのであれば町での仕事にありつくことは今は無理だろうと思われた。

 親爺が慌てて蓮志を中に入れたのも仕方の無いことだった。


「そもそも何ゆえにそのような格好を……」


 みすぼらしく装うこの親爺は、その小さく枯れた風情に似合わず妙な迫力を出し始めた。

 これは説教が始まるかーーと蓮志は身構えた。


 この日の蓮志の身形がいささか派手なのは、他に着る物が無かったからなのだが、蓮志が町を出歩くのに適さない着物ならまだ残っていたので売るために重ねて羽織って来たのは不味かったと蓮志も後悔している。地味な物を引っ張り出して来たが、女物なのは一目瞭然。


 これでは江戸市中を横行する異様な風体の者たち同様に、かぶき者と見られてもおかしくはない。

 いや、すでにそのように見られているのだが、蓮志としてはあの者たちと同類と思われたくはないというのが本音だ。


 大火の前から、それどころか織田の時代から奇っ怪な服装で練り歩くかぶき者と呼ばれる者どもはいたと言うが、本当かどうかなど知るものはもうわずかだろう。

 今現在のそいつらは旗本奴と呼ばれてはいるが、その実徒党を組んで暴れまわるただの無頼の輩だった。江戸の町中にはそんな連中が何組もいるが、町奉行では取り締まれないでいる。

 なぜなら、たちの悪いことに旗本御家人の次男坊以下を中心に構成されている連中だからだ。


「今朝方親父が吐き戻しやがって着る物が無かったんだよ」


「なんと。富岡さまのご容体は……」


「ただの酔っ払いだ」


 親爺には心配無用と言っておく。説教が始まらない代わりに父親を心配して気に病みそうだ。


 話しながら着こんだ母親の着物を脱いでいく。


「悪いがこれを売って俺の着物を手に入れてきてくれ。替えがひとつも無いんじゃ、今日みたいに洗ったら外を歩けなくなるのは困るからな」


 親爺は着物を丁寧に風呂敷に包んでいそいそと質やへと出掛けていった。出る前には裸の蓮志を掻巻で包んで行くのも忘れない。


 親爺を見送った蓮志は二畳ほどの板間に腰を下ろした。

 狭い一間は板をけちったのか土間が存在を主張している。


 ここの親爺は蓮志のような牢人たちの仕事を世話しているが、己だけで生きて行くのであればもう少しは良いところへ移れるのだろうに、旧知の牢人たちを見捨てられないでいる。特に蓮志の父などには「以前は世話になっていた」と、ただの酔っ払いと成り果ててもいつまでも気にかけているのだ。


「辻斬りか……」


 親爺の話を思い出してひとり言つ。


 ここのところ頻発している辻斬りは単なる路上殺人ではない。

 以前は乱世の名残のように、武士同士の対立の末の暗殺であり、当然武家屋敷が集中する武家地で多発していたものだった。


 それが、ここのところ町人地で辻斬りが横行している。

 犠牲者は町人。町人が襲われるとなれば、その目的は金品を狙う強盗のはずが。

 やられているのは商家の奉公人であったり職人であったり。とうてい金目当てとは思えない犯行が続いているのだ。


 どうも斬ること自体が目的なのではないかと。


 そして、一連の辻斬りの犯人だと見なされているのが、徒党を組んで乱暴狼藉を働く旗本奴どもだった。


 なぜなら、奴等にとって暴力は正義……正しいことだからだ。


 奴等にとって、辻斬りは戦で手柄を立てるための稽古なのだ。


 今は徳川だが昨日までは豊臣だった。織田だった。

 ならば次は上杉かそれとも伊達か。


 大坂、そして島原の一揆で参陣した爺どもに腐るほど聞かされた軍場(いくさば)の様子。改易に次ぐ改易でそこかしこで燻っている牢人どもに、町中で意気がっている冷や飯食いども。声高に戦術や戦の作法を説く軍学者……。


 徳川の世が続くことを望まない者たちがいる。

 頻発する辻斬りはその証左であるかのように思われるのだった。

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