ヒロインはルート奪還を決意する(side:ディアナ)
どうして、あんなに自然に笑えるのかしら。
バルコニーの扉越しに、ステラとアレクの姿が見える。
静かに言葉を交わしながら、アレクが彼女の頬に手を添える。
ステラは戸惑ったように目を伏せたが、やがて彼に向かって微笑み返した。
その一連のやりとりを見届けた私は、静かに唇を噛みしめる。
(それは、私のはずだったのに…)
ずっとこの瞬間を夢見てきた。
アレクと共に舞踏会に出て、ドレスを贈られ、共に踊り、そして……夜を迎える。
この展開は、“Stardust Garden”の中でも最も甘く、美しい――
私が、カリナが、何十回と泣きながら攻略した、最高のルートだったはずなのに。
それなのに。
(どうしてあの子が、そこに立ってるの?)
わたしはヒロイン。あの子はただのモブ。ヒロインの引き立て役で、ちょっとした援護キャラ。いつだってルートから退場するのが役割だったはずでしょう?
――どうして、私の推しと“心”を通わせてるの。
ひとり、舞踏会の片隅の鏡の前に立つ。緑色の既製品のドレスが、やけに浮いて見える。
……私じゃないみたい。
鏡の中の自分は、どこか作り物じみた笑顔を浮かべている。いつものように、演じてきた“ディアナ・フォン・シンクレア”の仮面。
そして――その奥に、ふと浮かんだ“カリナ”の幻影。
《ねぇ、それでいいの?》
……。
(なによ……なんで今出てくるのよ)
《推しに愛されるためなら、何をしてもいいって言ってたよね?》
(……言ってない、そんなこと)
《じゃあ聞くけど――本当に、あの子を許せるの? 自分のポジションを奪って、“笑って”るあの子を?》
(……許せない)
《じゃあ、“壊しちゃいなよ”――ねえ、カリナ》
……ふふ。
私は目を伏せ、そっと口元を押さえた。
(そうよ……そうだった。私は、あのゲームのプレイヤーだった。“結末”を知っていて全ルートを把握してる。そして今、この世界の誰よりも、この物語を理解してる)
なのに、今の展開は完全にバグだ。正規ルートじゃない。あれは歪んだノイズ。バグの具現。
ならば――
(修正しなくちゃ)
控えの間に戻り、テーブルに手をつくと、胸の奥から熱がこみあげた。それは怒りではない。悔しさでもない。
【執着】
この物語は、わたしのもの。アレクは、わたしの推し。“私が選んだ物語の結末”を、モブ風情に勝手に書き換えられてたまるものか。
どんな手を使ってでも、絶対に元に戻す。
“ヒロインのルート”を、取り返すの。
「……ナイン、いる?」ディアナは誰もいない控えの間で呟く。
数分後、王城の隠された裏口に現れたのは、黒いローブを纏った若い女だった。リトアズ王国の精鋭諜報員――ディアナが持つ、唯一の切り札。
「任務ですか、ディアナ様」
「ええ。準備して。今からすべてを……"再構築"するわ」
その瞳には、かつて“推しを愛したディアナ”の姿はなかった。あるのはただ、物語の主導権を握り直そうとする、心が漆黒に染まったヒロインの姿だった。




